アルバイト

598 名前:名無しさん@初回限定[sage] 投稿日:2012/04/09(月) 22:52:44.12 ID:FDypp/lb0
ドイツコンビで一本
599 名前:アルバイト・1[sage] 投稿日:2012/04/09(月) 22:58:44.25 ID:FDypp/lb0
「ふぅ……」

俺の部屋で、ノートに何か書き込んでいたマルさんが
一段落着いたのか、顔を上げて大きく息をついた。

「お疲れ。さっきから何書いてるの?軍の書類関係?」

「いえ、これはクリスお嬢様の出納帳……まあ、家計簿ですね」

「へぇ。その辺の管理もマルさんがやってるんだ」

最近家事を習い始めたんだし
この際、家計簿もクリス本人につけさせたらいいと思うのだが……

「ええ、中将殿にお任せいただいた大切な任務の一つです。
 しかし、日本は物価が高いと聞いていましたが
 実際に暮らしてみると驚かされますね……」

家計簿を恨めしそうにマルさんが見る。

「なに、今月苦しいとか?」

半分冗談だったのだが

「ええ、このままでは月末までもちません」

ありゃ、悪いこと言っちゃったかな。

「でも、中将さんに言えば追加の仕送りぐらいしてくれるでしょ?」

「それはそうですが、それではクリスお嬢様の心証を悪くしますからね。
 こういう場合は、こっそり私の貯金から振りこんでおくことにしています」
600 名前:アルバイト・2[sage] 投稿日:2012/04/09(月) 23:04:44.59 ID:FDypp/lb0
なんと優しい……というより

「それは流石に甘やかしすぎなんじゃないの?」

「う……やはり、大和もそう思いますか?」

「だってそれ、マルさんの貯金が減るだけじゃん」

しかも話からすると今月だけではない模様。

「私は別にいいんです。貯金も、使い道がないからとりあえず貯蓄に回しているだけですし」

さすが質実剛健な軍人さんである。クリスも将来は軍人のはずだが。

「いやいや、姉同然とはいえ、金のことはキチンとしなくちゃ。
 それに、どこかで歯止めをかけなきゃ、際限なく金を使いそうだよ。
 ていうか、何にそんなに金使ってるんだクリスは?」

「そうですね、大きな買い物はそれほどでもないのですが
 飲食関係のこまごまとした出費が、積み重なって大きな額になっています。
 一回の出費がそれほどでもないので、クリスお嬢様も気になされていないのでしょう。
 あとは、お召し物とか、ぬいぐるみ関係とか……」

「ふーん……まあ、一度クリスにはちゃんと言ったほうがいいと思うよ?」

「お金のことには厳しいですよね、大和は。兵站を任せたら優秀だと思います」

「まあね。マルさんも、俺たちの子供にはこれぐらい厳しく当たってよ?」

「そうですね、大和への厳しさと同じぐらいの厳しさで子育てしたいと思います」

……それって甘々じゃないですか。少し将来が不安かも。
601 名前:アルバイト・3[sage] 投稿日:2012/04/09(月) 23:10:44.66 ID:FDypp/lb0
「おや?」

翌日の昼休み。学食の券売機の前の行列最後尾にクリスを見つけた。
いつもは教室で弁当を食べているが、今日はどういう風の吹き回しなのだろう。
マルさんもついていないようだが、とりあえず後ろに並んで肩をたたく。

「よ、珍しいな学食利用とは」

「ん?ああ、大和か。ここの新しいメニューのそばセットに
 いなりがついていると聞いたのでな」

なるほど、わかりやすい理由だった。

「学食のいなりは初めてだから楽しみだ」

「うちの学食は味がいいからな。いなりも期待できるだろう……
 っておい釣り!釣り銭忘れてるぞ!」

クリスは券売機から出てきた食券を掴むと勢い込んでカウンターに向かい
釣り銭を取り忘れていた。
俺の呼びかけに振り向きはしたが足はとまらない。

「大和とっておいてくれー!」

しょうがない、クリスの釣り銭を取ってから自分の食券を買って俺もカウンターへ。
定食を受け取ると、クリスの横に座る。

「ほれ、釣り。後ろが俺だったからいいけど、もっと気をつけろよ。
 知らないヤツだったらネコババされてたかもしれないだろ」

「そんな不埒なヤツはこの学院にはいないだろう。
 それより、いなりいなりっと」
602 名前:アルバイト・4[sage] 投稿日:2012/04/09(月) 23:16:45.86 ID:FDypp/lb0
「ん~~~~!これは……美味しい~~~~!」

クリスはそばセットなのにいなりから食べ始めていた。
セットのいなりはそれほど大きいわけでもないし
2個しかないからすぐにいなりは食べ終わってしまう。

「よし、おかわりだ!」

見れば、コイツ全然そば食ってねえ。
立ち上がって再び券売機に向かおうとするクリスを止める。

「いや、そばも食えよ」

「っと、そうか……しかし、このそばを食べると満腹になってしまうかもしれん……
 失敗した、そばはいらなかったのだな」

そば好きのまゆっちがいたら説教モノである。

「とにかく、食べ物を粗末にするのはよくないぞ」

「それは確かにそうだな……そうだ、このそばは大和にやろう!」

「俺は俺のB定食で手一杯なんだよ!」

「そう言わずに、半分でもいいから、な?」

「しょーがねーなー」

まあ、そば半分くらいなら追加で食ってもそう問題にはならんか。
一つのドンブリのそばを二人ですすろうとしたところで

「お、なんだ今さら『一杯のかけそば』ごっこか?」
603 名前:アルバイト・5[sage] 投稿日:2012/04/09(月) 23:22:47.29 ID:FDypp/lb0
声をかけてきたのは姉さんだった。

「あ、モモ先輩、よかったらこのそば食べないか?」

「ん?なんだ、間違って食券買っちゃったとかか?」

「いや、実はクリスのやつ……(説明中)……というわけなんだよ」

「……あいかわらず贅沢な真似するなー。ま、タダなら喜んでいただくけどな」

「よーし、これで心置きなくおかわりができる!」

向かいに座った姉さんがそばをすすり、クリスが改めて券売機に向かう。

「けど、このセットメニューの金額の、7割ぐらいはそばだよなぁ」

「クリはそういうこと気にしないだろ。
 私らとは金銭感覚がちょっとズレてるしな」

「券売機でも、釣り銭取り忘れてたし……」

昨晩のマルさんの話を思い出す。
なるほど、こういう無駄遣いが多いわけか。
不死川や九鬼英雄も、贅沢はしているが無駄金は使わないと聞いている。
この辺、できれば改めさせたいところだが……

と、喜色満面のクリスがトレーを持って戻ってくる。

「見てくれ大和!大盛りをいなりのほうでできないか、と言ってみたら
 なんといなりを3個にしてくれたぞ!」

「だから何でそばをつけるんだよ!どうせまた食べないんだろ!?」
604 名前:アルバイト・6[sage] 投稿日:2012/04/09(月) 23:26:44.24 ID:FDypp/lb0
「……というわけで、今日は『クリスの無駄遣いを改めさせる』
 というのをテーマにしたいと思う」

その日は金曜だったので、集会で皆の意見を聞いてみることにした。
少しでも改まればマルさんの負担も減るし。

「待て大和。そもそも、自分はそんなに無駄遣いをしている覚えはないぞ?」

本人には自覚がないらしいが、けっこうヒドイと思う。
他のメンバーの目線も「何言ってんのクリス」という感じだった。

「ま、クリの無駄遣いのおこぼれで助けられてるところもある私としては
 あまり偉そうなことも言えないんだけどな」

「クリスってお金に困ったことなさそうだよね」

「そ、そんなことはないぞ京。えっと……
 欲しいぬいぐるみを見つけたのに、手持ちの現金が足りなくて
 お店でどうしようか困ったこととか、けっこうあるんだからな!」

買いたいものがぬいぐるみって時点でアレなんだが、いちおうツッこんでみる。

「困って、どうしたんだよ」

「えと……仕方がないから、カードで買った」

「困ってねえだろソレ!」

「うるさいな大和は!だいたい、自分ばかり責められているが
 キャップだってけっこう無駄遣いしていると思うぞ?」

痛いところをつくな……それは俺も時折感じてはいた。
605 名前:アルバイト・7[sage] 投稿日:2012/04/09(月) 23:32:44.00 ID:FDypp/lb0
キャップは金の使い方が派手だし、あまり後のことを考えないで物を買ったりするので
結果的に無駄遣いになっていることがよくあるのだ。

ただ、将来の冒険旅行のための資金をちゃんと貯金しているあたり
まるっきりの浪費家というわけでもない。
しかも、キャップは自分でバイトして稼いでいる分クリスよりはマシだ。

「いいんだよ俺は。ガッツリ稼いでドカンと使うのが好きなの!
 ……クリス、お前も何かバイトしてみたらどうだ?」

「え?自分が……バイト?」

「バイトが何だかわかってない、とかじゃないだろうな」

「馬鹿にするなよ大和!『アルバイト』という言葉は、もとはドイツ語からきてるんだぞ?」

「いやそういうことを言ってるんじゃないんだが……まあいいや。
 で、キャップは何故にクリスにバイトを勧めるわけ?」

「金を稼ぐのがどれだけ大変かわかれば、無駄遣いもなくなるかもしれないだろ?」

確かに、金のありがたみを知るには自分で稼いでみるのがイチバンかもしれない。

「ふぅむ……父さまに相談はしなければならんが
 社会勉強という意味では、いいかもしれんな」

おや。意外に、クリスも乗り気になったようだ。

「けど、最近少し家事を覚えてきたぐらいで
 クリスにできるようなバイトってそうそうないだろ」

「だから馬鹿にするなと言ってるだろう!」
606 名前:アルバイト・8[sage] 投稿日:2012/04/09(月) 23:38:44.09 ID:FDypp/lb0
「いや、クリスにピッタリのバイトがあるんよ」

あるんだ。流石はキャップといったところか。

「ほら見ろ!私ならどんなバイトでもこなしてみせるさ!
 で、どんなバイトなんだキャップ?」

「俺が前にバイトしてたケーキ屋が、今度改装するんだ。
 で、改装が終わって新規オープンのときにセールをするから
 その手伝いが欲しいって言ってたんだよ」

「おお!ケーキ屋さんかぁ、いいなぁ~!」

「具体的には、オープニングセールの呼び込みと販売だな。
 来月頭の土日の2日間で、11時から夜7時まで。
 俺がやってもいいんだけど、できれば女の子に来て欲しいみたいなんだよ。
 クリスにやる気があるんならこの話は譲るけど、どうする?」

クリスの見栄えの良さや、よく通る声は呼び込む向きだな。
期間も学校が休みの土日の2日だけと短いし、バイト初心者にはちょうどよさそうだ。

「えっと、いちおう父さまに報告して、許可をもらってからでかまわないだろうか?」

「かまわねえけど……クリスパパに相談したら、反対されるんじゃね?」

キャップの心配ももっともである。

「なあクリス、ここはマルさんに知らせておくだけにして
 中将さんにはバイトが終わってから事後報告でいいんじゃないか?」

「そういうわけにはいかない。
 なに、きちんと説明すればわかってくれるはずだ!」
607 名前:アルバイト・9[sage] 投稿日:2012/04/09(月) 23:45:44.11 ID:FDypp/lb0
そして翌朝。
土曜日なのでキャップと遅めの朝食を取っていると
クリスとマルさんがそろってやってきた。

「おはよう、キャップ、大和」「おはようございます」

「ウィース!」「おはよう。どうだった、バイトの話?OKもらえた?」

「それなんだが……キャップ、そのバイトは二人ではダメだろうか?」

「二人?向こうに訊いてみないとわからんけど、たぶん大丈夫じゃねえかな。
 けど、なんで二人なんだ?」

「いちおう、父さまに許可は貰ったんだが、条件として
 マルさんが一緒なら、ということなんだ」

なるほど。過保護にもほどがあるが、この辺があの人の精一杯の妥協点なんだろう。

「マルギッテはそれ、OKなわけ?」

「かまいません。あまり私の性分には合いませんが
 やってできないこともないでしょう。
 クリスお嬢様のためでもありますし……何事も経験です」

「わかった。じゃ、後で先方に連絡して訊いてみるわ」

クリスとマルさん、二人でケーキ屋のバイトか。
待てよ、キャップがバイトしてたときに一度寄ってみたことがあるが
あの店って確か……

まあ、別に教える必要もないだろう。
二人がバイトするときの楽しみにさせてもらうとするか。
608 名前:アルバイト・10[sage] 投稿日:2012/04/09(月) 23:51:44.46 ID:FDypp/lb0
月が変わって最初の土曜日。

「いらっしゃいませー!」「ほ、本日……新装オープンセール……です」

「マルさん、声が小さい!それでは呼び込みにならないぞ」

「は、はい!……本日、新装オープンセールとなっておりますうううううぅぅぅ……」

クリスとマルさんの二人が、繁華街にあるケーキ屋の店先で呼び込みをしている。
身振り手振りで元気よく呼び込みを続けるクリスと
おどおどしながら何とか声を出しているマルさん。
これではどちらがお目付け役なのかわからなかった。

「よ、やってるな二人とも」

「なっ!?」「あ、大和。見に来てくれたのか?」

俺が声をかけると、マルさんがコソコソと店の中に入ろうとする。

「マルさん、外にいなきゃ呼び込みできないでしょ。恥ずかしがってないで出ておいで」

「ううううう……まさか、こんな制服が用意されていたとは……」

そう、この店は制服があって、女子は簡単に言えばミニスカメイド服なのである。
いつもの眼帯は外し、髪をポニーテールにまとめたメイド服のマルさん……いいね!

「いやあ、予想通り、二人ともよく似合ってるぞ」

「予想通りって……この制服のこと、知っていましたね、大和!?」

「うん。だから話を聞いたときから楽しみにしてた。
 マルさんの可愛い服装・第2回ってことで」
609 名前:アルバイト・11[sage] 投稿日:2012/04/09(月) 23:57:44.33 ID:FDypp/lb0
「もう……引き受けてしまったので今さら仕方がありませんが
 こういうのはこれっきりにしてください。
 こんな呼び込みをしていたら、いつ誰に見られるやらわかったものでは……」

「あ、S組の連中で連絡できるのにはしておいたから、いずれ顔を出すんじゃないかな」

「なーっ!?」

マルさんは可愛い。だが、そんな可愛いマルさんを彼女にしたのに
その事実はあまり他の人間には知られていない。
俺だって「俺の彼女はこんなに可愛いんだぜ!」と自慢したいのである。

「マルさん、大和と喋ってばかりではアルバイトにならないぞ。
 ほら、前に出て声を出して!」

クリスのほうは、なんとなく生き生きとしている。
金を稼ぐ厳しさを教える、という目的ですすめたバイトだったが
これで果たして効果があるだろうか。

「も、申し訳ありませんクリスお嬢様!
 いいいいらっしゃいませぇぇぇ~~!!」

むしろ、アルバイトの厳しさを身に染みて感じているのは
マルさんのほうのようだ。
土曜日の昼時の繁華街、たくさんの通りすがりの人たちが二人に目をとめる。

「お、可愛いなあの子」「金髪の子もいいけど、赤毛のお姉さんもいいねえ」

その可愛いお姉さんは俺の彼女なんだよ、と自慢したくなる俺の前でマルさんが叫ぶ。

「くうううぅぅぅぅ~~!
 ただいまオープニングセール限定ぃ~!お買い得セット販売中でございますぅ~!」
610 名前:名無しさん@初回限定[sage] 投稿日:2012/04/10(火) 00:01:44.17 ID:m386+bTq0
おしまい
いちおう>>393からの続きっぽい

元々クリスメインの話のはずだったのが
マルさんを出したら軸足がぶれるぶれる