もったいない

531 名前:名無しさん@初回限定[sage] 投稿日:2012/03/14(水) 22:09:52.39 ID:crTKW45I0
>>520でリクエストされたので義経で1本
532 名前:もったいない・1[sage] 投稿日:2012/03/14(水) 22:15:54.30 ID:crTKW45I0
「ん?」

今日の授業も無事終わって、さあ帰ろうというところで
何気なしに覗いてみた2-Sの教室。
義経が一人刀を抜いて目の前に掲げ、真剣な目で見つめていた。
ちょっと声をかけてみる。

「や、義経。刀の手入れ?」

「あ、直江君……手入れというか、点検だな……ふぅ」

義経は刀を少し下ろすと、ため息をついた。ちょっと表情が暗い。

「あまり状態がよくないとか?」

「うむ……だいぶくたびれてしまっている。
 このところ、決闘が続いていたから仕方がないのだが……
 そうだ直江君、川神に日本刀の研ぎ師の方はいないだろうか?」

「うーん……確か銀柳街の金物屋で刃物研ぎをやってるけど……
 日本刀はそういうところじゃ研がないよね?」

「残念ながら、日本刀はその辺で簡単に研げるものじゃない。
 日本刀専門の研ぎ師さんにお願いして、10日以上かけて研いでもらうんだ」

専門家に頼まなくちゃならなくて
しかもそんなに時間がかかるのか。大変なんだな。

「刀であると同時に、美術品でもあるっていうからね」

「うん。それに何より、刀は武士の魂だ。刀の乱れは、心の乱れにもつながる。
 やはり、専門の方にお願いしないと」
533 名前:もったいない・2[sage] 投稿日:2012/03/14(水) 22:21:54.97 ID:crTKW45I0
「島で暮らしているときはどうしてたの?」

「東京の研ぎ師さんに送っていた。その人にまたお願いすればいいのだが
 川神にも研ぎ師さんがいるなら、と思ったんだ」

「さすがの九鬼財閥にも、その辺の人材はいないか」

「クラウ爺はできると言っていたが……
 ただでさえ忙しいのに、そんな手のかかる仕事までは頼みにくい」

「うーん……日本刀ねぇ……あ」

「何か心当たりがあるのか、直江君?」

「俺が直接知ってるわけじゃないけどね。
 まゆっちなら、ひょっとしたら知ってるかも」

同じ日本刀の愛用者だし、お父さんも剣聖とうたわれた剣術家。
かりにまゆっちが知らなくても、お父さんにきいてもらうという手もある。

「なるほど!言われてみれば、確かにそうだ。
 うん、やはり直江君に相談してみてよかった」

「まだ学校にいるかもしれない。ちょっと待ってて」

ケータイでまゆっちに連絡を取る。
幸いまだ下校していなかったので、事情を説明して来てもらうと

「私はお盆に実家に帰ったときにお願いしようと思っていたのですが
 父に紹介された研ぎ師の方が、鶴見区のほうにいらっしゃいますよ」

と、詳しい情報を教えてくれた。
534 名前:もったいない・3[sage] 投稿日:2012/03/14(水) 22:29:20.34 ID:crTKW45I0
そして、土日があけて月曜日。

「おはよう、皆!」「おはよー」

風間ファミリー揃っての登校途中。変態の橋で、義経と弁慶に行き会った。

「あれ、義経ちゃん刀どうした?」

すぐに姉さんが異変に気づく。
言われてみれば、確かに今日の義経は刀を持っていない。

「まゆっちに紹介してもらった研ぎ師の方に、研ぎをお願いしている。
 とてもよい方を紹介してもらって、義経は感謝している!」

「いえいえ、お役に立てて何よりです」

ニコニコ顔の義経に比べ、弁慶はどこか浮かぬ顔だ。

「どうしたの弁慶。主が刀持ってないと、護衛の負担が増えるとか?」

「そういうわけじゃないんだけどね。
 今日は初日だからまだいいけど、義経は刀がないと……」

「……刀がないと、何?」

「弁慶、それは言わない約束じゃないか!直江君も、今のは忘れてくれ!」

「どうせすぐわかっちゃうんだし、ここで白状しておいたほうがいいんじゃない?」

「そんなことはない!今回は、大丈夫だ!」

大丈夫って……何がどうなるってんだいったい?
535 名前:もったいない・4[sage] 投稿日:2012/03/14(水) 22:35:57.81 ID:crTKW45I0
実際には、大丈夫じゃなかった。

翌日。
やたらと義経はキョロキョロしていた。

さらにその翌日。
義経は何か物音がするたびにビクッとしていた。

そして今日。
弁慶の後ろに隠れ、制服を掴んで放さない義経がいた。

例によって変態の橋で行き会ったクローン組は、いつもと様相が違っていた。
なぜか今日は、いつもははるか後方にいる与一も一緒だ。

「……どうしちゃったんだコレ」

「前に刀を研ぎに出したときもこう。
 しばらく刀を持っていないと、不安になるらしい」

あまりの不自然さに思わずきいてみたら
弁慶がため息混じりに答えてくれた。

「しかも、今回は前より症状が出るのが早い。
 おかげで、俺まで傍についててやらねえとなんなくなっちまった」

なるほど。こんなにべったり貼りつかれては弁慶も護衛どころじゃないだろうから
やむをえず与一もついてきてるというわけか。

「でも、義経さんのお気持ちはわかります。
 私も刀がないと、何か腰が軽いというか、落ち着かないですよ」

「そ、そうだろう!?よかった、やはり同じ剣士のまゆっちはわかってくれた」
536 名前:もったいない・5[sage] 投稿日:2012/03/14(水) 22:42:01.11 ID:crTKW45I0
「刀はあとどれくらいで仕上がってくるんだ?」

「来週の金曜だって。この調子で症状がひどくなったら
 もう学校休ませようかと思う」

「ひどいな弁慶。そんな理由では義経は休めない」

「ねえ、ちょっと思ったんだけど、誰かに刀を借りればいいんじゃないの?」

モロの発言に、皆の視線がまゆっちに集中する。
確かに、今一番身近な「刀」だ。

「え……えええええ!?わ、私の刀をですか!?」

「い、いや、それはまゆっちに悪い。
 それに、刀というものはそう簡単に貸し借りできるものではない」

胸をなでおろすまゆっち。だが問題は解決していない。
今度はワン子が口を開く。

「じゃあ、九鬼財閥に頼んで代わりの刀を貰うとか。
 九鬼クンに言えば、それぐらいすぐ用意してくれそうよね?」

「でも、研ぎに出している短い間だけのために
 もう一本刀が欲しいというのは、さすがに贅沢だと思う……」

「姉さん、寺の武器庫に余ってる日本刀とかないの?」

「あるとは思うが、簡単に外には持ち出せないぞ。
 寺の敷地内で、武術の稽古のために使用するって条件で取得してるからな」

なかなか面倒なものなんだな。
537 名前:もったいない・6[sage] 投稿日:2012/03/14(水) 22:48:00.52 ID:crTKW45I0
そうこうするうちに学院に到着。
ちょっと気がかりだが、クラスも違うしこれ以上は俺にはどうしようもない。

昼休みにちょっと2-Sを覗いて
相変わらず義経が弁慶にペタッと貼りついているのを確認はしたが
これといって打開策も思いついてはいなかった。
何とかしてあげたい、とは思うのだが……

と、覗いている俺に気づいた弁慶が
チョイチョイと俺を手招きする。

「スマン、まだ何も思いつかない」

「ああ、ありがとね、考えてくれて。
 与一なんかさっさとどこか行っちゃったってのに……」

「義経が不甲斐ないばかりに、申し訳ない……」

むくれる弁慶。しおれる義経。

「ま、まあまあ。俺のことは気にしなくていいよ。
 あれこれ考えるのは趣味みたいなもんだからさ。
 それで、これからどうするんだ?」

「刀が戻るまでは一緒にいるしかないかなー。
 それで、放課後なんだけど、第2茶道室まで来てくれるかな、大和」

「悪ぃ、今日はツマミ持ってきてない」

「ああ、違う違う、そっちの用事じゃない。ま、いいから来てよ」

「?まあ他に用事はないからいいけど……わかった、じゃ放課後に」
538 名前:もったいない・7[sage] 投稿日:2012/03/14(水) 22:54:41.47 ID:crTKW45I0
そして放課後。
弁慶に言われたとおりに第2茶道室に来たが
わざわざ呼ぶってことはいつものだらけ部ってわけじゃなさそうだ。
いったい何をする気なのか……

ちょっとドキドキしながらドアを開けると

「あっ、直江君!」

あれ。弁慶がいなくて、義経が一人でいた。

「や。弁慶はどこ……うわっ!?」

てててっ、と走ってきた義経が
入り口で靴を脱いでいた俺に飛びついてきた!

「ちょ、義経!?」

「弁慶が……弁慶が、『ここで待ってろ』と言ってどこかに行ってしまったんだ!」

おいおい。一緒にいてやるんじゃなかったのかよ。

「と、とにかく落ち着け義経。俺にしがみついても安心なんかできないだろ?」

「そんなことはない……今すごくホッとしている」

「刀がなくても、俺なんかより義経のほうが全然強いじゃないか」

「強い弱いの問題じゃない。
 直江君は、義経の知らない、いろいろなことを知っていて
 義経にはできない、いろいろなことができる。
 だから、とても頼りにしているんだ」
539 名前:もったいない・8[sage] 投稿日:2012/03/14(水) 23:00:17.30 ID:crTKW45I0
うーむ。確かに、義経たちの歓迎会兼誕生会を企画したり
それに出たくないとドタキャンしかけた与一を説得したりと
思い当たる節がないではないが
いつの間にかここまで義経の信頼を得ていたとは。
それは嬉しいけれど、この体勢はちょっと……

「わかったから、もうちょっと離れてくれないか?」

……けっこう、胸があるんだよな。柔らかいし。いい匂いするし。
こうもくっつかれては、俺の股間が自己主張を始めてしまう。

「あ、す、すまない、つい……」

今さらながら自分の体勢に気づいた義経が、ちょっと体を離した。
が、またすぐに抱きついてきて、心細げに

「……直江君がいやでなければ、こうさせてほしい」

なんて上目遣いで言うのであった。
そんな顔をされたら、これ以上突き放すこともできない。

「……わかった。とにかく、座ろうか」

腕にしがみついた義経と茶道室の中まで入り、畳に座る。
しかし、いつまでもこうしているわけにもいかない。
かといって、こんな風に義経に抱きつかれたままじゃ、帰るわけにもいかない。
ここに来いって言ったのは弁慶なんだし、あいつを呼ぼう。
ていうか、まだ学校にいるんだろうな?

ケータイを手に取ったところで、茶道室の扉が開いた。

「や、お待たせ義経、大和」
540 名前:もったいない・9[sage] 投稿日:2012/03/14(水) 23:05:22.32 ID:crTKW45I0
「弁慶!?」「おいおい、どこに行ってたんだよ」

「料理部のほうにね。新作のツマミを作るから、試食に来ないかって誘われてさ。
 それより……二人はずいぶんと仲良くなったみたいね?」

いかん、義経がまだ俺に抱きついたままだ。

「いや、これはだな……俺が、その……」

「いーのいーの、大和を呼んだのはそれが狙いだったんだから」

「狙い?」

「だって、ずっと私に抱きついていられても困るからね。
 私の代わりに、義経を安心させられる人間は誰かなーって考えて
 で、思い当たったのが大和だったわけ」

「じゃ、最初から俺に義経を……」

「ごめんねー。でも、正直に言ったら断られそうだったしさ。
 それに、大和だって悪い気はしなかったんじゃない?」

まんまとはめられたわけか。
まあ確かに悪い感触……じゃなかった、悪い気はしなかったけれども!
 
「というか、期待以上だったみたいだけど。
 私が来たのに、まだ大和に抱きついたままとはね。何だか、ちょっと妬ける」

言われて義経が、顔を真っ赤にしてパッと俺から離れる。
一瞬ためらってから、弁慶のところに駆けよっていった。

「す、すまなかった、直江君……では、また明日な!」
541 名前:もったいない・10[sage] 投稿日:2012/03/14(水) 23:10:24.60 ID:crTKW45I0
それから、周りの目がないときには義経にひっつかれることになった。
何だか弱みにつけこんでいるようでいたたまれないのだが
義経は気にしていないようで、むしろ親密度が増しているっぽかった。

そして木曜日。予定では、明日には義経の刀が戻ってくる。
放課後の第2茶道室での習慣になった義経とのハグも、今日が最後というわけだ。

「……そう考えると、ちょっともったいなかったかな」

「何がもったいないんだ、直江君?」

「いや、こっちのこと……そろそろ、弁慶が迎えに来る頃かな」

と、噂をすれば何とやらで

『義経ー、いるのー?』

廊下から弁慶の声がする。と、不意に義経がパッと俺から離れた。

「ああ、また大和とここにいたんだ。ほら、忘れてるよ」

あれ?弁慶が差し出したのは……刀?

「せっかく予定より早く仕上げて、わざわざ昼休みに届けてくれたのに
 忘れちゃ駄目でしょ」

「ああ、すまない弁慶……それじゃ、また明日、直江君」

え?今日の昼休みに届いてた……?それじゃ今日抱きついてたのは……?
立ち去りかけた義経が、クルッと振り向いてニッコリと笑った。

「……もったいないって思ってたのは、義経もなんだ」
542 名前:名無しさん@初回限定[sage] 投稿日:2012/03/14(水) 23:15:17.56 ID:crTKW45I0
おしまい
義経はイジりにくいキャラで難産だった

6で弁慶が
「刀が戻るまでは一緒にいるしかないかなー」と言っているけど
「私が」とは言っていないところとか
9で
「何だか、ちょっと妬ける」 と言っているのが
双方に対して、であったりするところとか
かなり削ってしまったあたり

自分でももったいなかった