策士策に溺れる

534 名前:名無しさん@初回限定[sage] 投稿日:2009/10/20(火) 21:19:16 ID:F4UWLcaQ0
梅子アフター後妄想投下します。
535 名前:策士策に溺れる1[sage] 投稿日:2009/10/20(火) 21:22:35 ID:F4UWLcaQ0
 大和が梅子となかば強引に付き合いだしてから、夏休みが過ぎ二学期になった。
 休みということもあって口実をつくっては頻繁に会い、調教していた甲斐もあり、また梅子の素質もあってか、一月、二月だというのに梅子は大和の半ばいいなりになっていた。
 例えば呼び名である。大和は名前のほうで呼ぶように言い、名字で呼べば、おしおきをした。
 学校であっても、である。

「いいか、お前達には可能性があるんだ。それをないがしろにしてはいかん。これから呼ぶ者は再提出だ」
 その日は進路調査の話があった。数名の名前が呼ばれた後、
「大和っ! ……阿呆か、お、お前は後で職員室へ来いっ! ふざけすぎだっ!」

 なるべく態度にはあらわさないようにしていたが、目ざとい女子たちの中には気づきはじめる者もいる。

「あのさ、聞きたいことあるんだけどいい?」
 千花や羽黒もその一人であった。
「なんだ? 進路の話なら言わないぜ」
「ううん、そうじゃないの。……あのさ、」
 声を潜め、顔を近づける。
「最近、梅子先生といい感じじゃない?」
 大和の顔色をうかがう。
「そう見えるかな?」
 表情をかえることなく、返答した。
 呼び方のことなど、いくつか軽い質問をぶつけた後、
「…直江さ、夏休みに梅先生とヤッたべ?」
 羽黒が切り込んできた。
「ちょっ、羽黒、そのままズバっと言い過ぎ。……そこまではいってないだろうけど、絶対なにかあったでしょ?」

 ニヤニヤと笑う千花とニタニタと笑う羽黒。
536 名前:策士策に溺れる2[sage] 投稿日:2009/10/20(火) 21:25:31 ID:F4UWLcaQ0
「それに雰囲気もなんか変わったし」
「なくはなかったとだけ言っておこうかな」
「ヒュー。やっるー。直江君勇気あるねぇ。梅先生狙いだなんて」
「落としかたの相談ならのるぜぃ。プロであるアタイにまかせておきな」
「先生を物陰に連れ込んで押し倒すなんてことは俺の武力じゃむりだからな?」

 生徒と教師の間柄であるから、ひいきをしている、などという不平が起こるところであるが、そこは相手が相手だ。気づいていても応援をしてくれた。
 
 ―――放課後。
 面接用の部屋で二人は机をはさんで差し向かいに座って、進路について話していた。

[直江、私は真面目に話をしているんだぞ!」
「だから俺も真面目だって。それに直江じゃなくて、やーまーと、だろ梅子?」
 
 身をのりだし顔を梅子の耳に近づける。

「しかし、それでは噂が…」
 
 吐息を耳に吹きかける。梅子の体が震えた。

「わかった、や、大和。真面目に話をしよう」
 
 専業主夫。まんざら嘘ではないが、やはり問題はある。
 進路調査書の内容について叱責するが、そのたびに大和はのらりくらいかわす。

「じゃあ、梅子は俺が嫌い?」
「進路調査書の話が、どうして好き嫌いに繋がる」

 にらめっこのように視線を合わせ続ける。
537 名前:策士策に溺れる3[] 投稿日:2009/10/20(火) 21:28:41 ID:F4UWLcaQ0
「…嫌っているわけではない」
 
 やがて叱られた子供のように、しゅんと目をそらす。

「俺は梅子を愛してるよ」

 梅子の顔が一瞬のうちに耳まで真っ赤になった。
  
「ぞ、俗物め。よ、よくもまあぬけぬけと、そんな恥ずかしい言葉を言えるものだな。…大人をからかうな」
「だって本気だし」

 反論しようとする。けれど、言葉は出てこない。

「まあ、それはおいといて。進学はするつもりだよ」
「そ、そうか、お前の頭なら進学しないというのは勿体ないからな。具体的にはどこらへんの大学だ」

 大和が口にした大学を聞いて、顔をしかめる。よくも悪くも中堅所だ。

「まあいい。最近抜けているようだから、気を入れ替えろよ」

 二学期になってからというもの、どうも成績がよくない。最低限の点数はとっているものの、あくまで最低限であった。
 大和が出て行った後も梅子は部屋に残っていた。
 梅子は書類のはしを指でいじり、折り曲げしている。目を落としているが、文字は頭のなかには入ってこない。
「(……卒業したら結婚だと。い、いったい何を考えている)」
 立ち上がり窓際による。
539 名前:策士策に溺れる4[sage] 投稿日:2009/10/20(火) 21:32:01 ID:F4UWLcaQ0
「(本気なんだろうか)」

 ガラスに指をつけ外を見ると、帰路につく生徒たちが校舎から吐き出されていた。
 ふと大和の姿を探している自分に気づき、梅子は苦笑しながら首を振った。

「(私も毒されているな)」
 ふいに表情が苦くなる。
「(しかし……、この成績は問題がある。……ここのところやる気もないようだ)」
  ため息をついた。
「(やはり、教師と生徒では問題がある……か)」

――――――朝。通学路。 
 
 この頃になると、梅子と毎日と言っていいほど遭遇するようになっていた。

「おはようございます」

 最初に気づいた由紀江が挨拶をし、それにあわせて銘々挨拶をする。
 
「おはよう皆、っ……、おい、大和……」
 
 大和に近寄る梅子。それを阻むように不敵な笑みを浮かべた百代が二人の間にずいと出た。

「おはようございます、先生」
「うむ、おはよう」
 視線を外さずに返事をする。

「おい、襟」
 大和の襟を直し、背中をばしんとはたき、くるりと向き直る。
540 名前:策士策に溺れる5[sage] 投稿日:2009/10/20(火) 21:36:03 ID:F4UWLcaQ0
「……それで、先生。いかがしました?」

 梅子から大和を隠すかのように、一歩を踏み出す。

「……いや、なんでもない」

 空咳を一つついて、

「それでは皆、遅れぬようにな」

 先に歩きだす。
 と、数歩先で、ちらりと振り返り、何か言う素振りを見せる。
 しかし、結局何も言わずに遠ざかっていった。

「そうとう躾けたんだね」
 京が耳元で囁く。
「うらやましいなぁ」
「大和の癖に生意気だぞ!」

 京に返事をする前に、百代が首に腕をまわし、締め付けた。
 手加減はしているのだろうが、それでも相当な力が込もっていて、もちろん脈は押さえつけられている。
 それでも、大和はこんなことには慣れっこだ。
 百代のうさ晴らしのために、大和は大げさに体をゆすり回されている腕を叩く。限界まで粘ってそれから、するりと腕から抜け出した。

「っ、! 死ぬって! 死ぬから!」
 もちろん大げさに咳きをすることも忘れない。
「大丈夫だ。加減は分かる。気絶したらやめる」

「そしてなぜ京は手をワキワキとさせている」

「気絶したら大和を目くるめく桃色吐息の世界に連れ出そうと思って」
541 名前:策士策に溺れる6[sage] 投稿日:2009/10/20(火) 21:39:30 ID:F4UWLcaQ0
「それ犯罪ですから!」
「だいたいお前は私の物なのに、あいつが盗もうとするからいけないんだ」
「姉さん、先生に向かってあいつはよくないよ」
 小さい子供をたしなめるような口調。
「盗人はあいつでいいんだもーん」
「もーんじゃありません!」
「大和が怒ったー。まゆっちー」
「あぅあぅ」

 まゆっちの後ろに隠れているつもりなのだろうが、百代のほうが一回り大きいので、盾にしているようにしか見えない。
 そしてしっかりと手は由紀江の胸部をもみほぐしている。

「まゆっちも嫌なら、嫌って言っていいんだよ?」

「……最近になって一段とかしましくなったな。……いや、別に嫌いというわけではないのだが」

「クリスも食べる?」
 一子は口からキャンディーの棒を伸している。
「ありがたく頂こう」

「ところで、最近、先生と会う率高くねぇか?」

 クリスが何事かいう。
 口に物をふくんでいるせいで言葉にならないが、
「そうだな。これが縁というものか」
 といいたいらしい。

 モロと京、それと直接教えたので百代は知っていたが、風間グループのそれ以外は、まだ気づいていなかった。
542 名前:策士策に溺れる7[sage] 投稿日:2009/10/20(火) 21:43:23 ID:F4UWLcaQ0
 梅子をおとすと心に誓ってほどなく、大和は京にはきっぱりと、もう好意にこたえることはできないと伝えた。
 彼女の思いが本物であるから返事も出来ないほどにきっぱりと言い切った。

「いいよ。私は大和が振り向いてくれるまで待ってる」
 けれど、京はそう返す。
「今は俺しか見えないのかもしれないけど……、それでも、京には幸せになって欲しいからさ。……、世界って広いぜ?」
「大和の癖にクサイセリフを言うね」

 抱きしめたくなるような笑みを浮かべる。
 けれど、大和は近寄りはしなかった。

 しばらくの間、気持ちを利用しもしたし、幼い好意でもあるが、百代にも伝えることは伝えた。

「風が気持ちいいな」

 すがすがしい風が吹きぬけていく、秋のある一日。
 百代と大和は屋上にいた。最後の授業が終わるやいないや、百代に引きずられるようにして連れてこられたのだ。
 大和は百代のふとももに頭をあずけ、空をぼんやりと眺めている。
 と、扉がきしむ音がした。しかし人が出てくる様子はない。
 しばらくしてから、またわずかに隙間が広がった。

「どうしました? 先生」

 気配で梅子と察知したのだろう。百代が声をかけた。

「いや、特に用事というわけではない。……気分を変えるためにきただけだ」 
 
 ばつがわるそうに、梅子は出てくる。

「ひどいな先生。約束してたじゃないか」
543 名前:策士策に溺れる8[sage] 投稿日:2009/10/20(火) 21:46:01 ID:F4UWLcaQ0
 頭をまわす大和。
 確かに約束はしていた。調教の約束だ。言いつけを守って探しにきたのだ。

「…その、用件はどうするんだ?」

 百代の顔を、ちらちらと見やる。

「それなんですが、大和はこれから用事があるので無理です」
「そうなのか? 大和」
「まあ、そうなりますかね。先生には悪いんですが、また後日ということで」
「……わかった。それで何時になる」
 大和は調教の成果に内心ほくそ笑む。  

「そんな急いで決めなきゃいけないことでもないでしょう。またメールしますよ」
「まだ何か?」
 なかなか立ち去ろうとしない梅子に、声をかける。
「……ああ。それじゃあ」

「いやぁ。年上の女性がしょんぼりとする姿は、ぐっとくるね」
 梅子の姿が見えなくなってから、大和がつぶやく。
「私の膝の感触よりそっちのほうが良かったか? ん?」

 表情は仏のように柔和だが有無をもいわさぬ迫力がある。

「そうだね」
「……そうか」
 
 一瞬寂しげな笑みを浮かべたが、それはすぐに消え去る。
 それっきり二人の会話は途絶える。
 とたんに風は肌寒くなり、互いの距離の隔たりを、二人ともが感じるようになる。
544 名前:策士策に溺れる9[sage] 投稿日:2009/10/20(火) 21:49:56 ID:F4UWLcaQ0
「姉さん」
「ん? 何だ?」

 あきらめにも似た表情が浮かぶ。

「俺は先生が好きだよ」
「……ああ」
「だから姉さんの気持ちには答えられない」
「なんだ。私がお前に恋してるとでもいうのか?」

 デコピンをする。音は大きいが痛みはそれほどでもない。

「お前は私の物なんだ。……だいたい私がお前を好きなんて思い上がりも甚だしいぞ」

 調教は生来才能があったのか順調に進んでいたが、いくら軍師と称している大和であっても、こと恋いのかけひきという分野になると不安はある。
 なのでこの手のことに長けている友人に頼ることは多かった。

「あー大和っち-? 最近メスはどんな調子よー?」
「おかげで順調だよこっちは」

 話半分に聞くことも多かったが、は実体験に基づいていた話が、ためになることも少なくはなかった。
 自分の思いを伝えるなど押すだけではなく、ときには引くことも必要。そのアドバイスを受けて、ここのところ大和は梅子に素っ気なくあたっていた。

「おーいい感じじゃん」
「だろう? 下北沢君のおかげだよ」
「じゃあ今度俺のセフレ含めて4pやらない?」
「んー。考えておくよ」

 だが効果はありすぎたのか、

「……大和、話があるのだが」
547 名前:策士策に溺れる10[sage] 投稿日:2009/10/20(火) 22:29:31 ID:F4UWLcaQ0
 ちょうど帰宅しようとしていた時のことだった。
「ん……わかった。時間は?」
 思い詰めた様子の梅子に、内容を聞きはしない。

「いまだ。ついてきて欲しい」

 校舎裏まで連れ出される。あたりに人気はない。

「大和!」
「何?」
「お前は本当に私のことを……、その……、思っているのか!?」
「なにをあたりまえのことを」
「思い返してみろ。ここ最近は私を放っておきっぱなしで、あげく川神や椎名と仲良くして」

「友達なんだから仲良くするのは当たり前だろ?」

「ええい、誤魔化すな。あれは友人としてではないだろう」

「先生」

「う……な、なんだ」

「俺が本当に心のそこから好きなのは先生一人だけだよ。……先生がそんなに寂しがっていたなんて分からなかった。気づけなくてごめん」

 ぎゅっと抱きしめる。

「な、直江。ここは学校だぞ」
「そんなの関係ないよ」
「直江……」

 有無を言わさぬまま口づけをした。
548 名前:策士策に溺れる11[sage] 投稿日:2009/10/20(火) 22:32:48 ID:F4UWLcaQ0
 不安を感じるほど何事もうまくいっていた。
 京が沈みがちなのは気に掛かったが、それ以外に特におおきな出来事はなく、秋は過ぎ去り、冬になり、そして冬休みも終わりに近づき。
 そんなときのことだった。

「直江。夕飯は何が食べたい?」
 梅子の自宅。台所のほうから梅子の声がとんでくる。
「先生が作るものだったらなんでもいいよ」

「それが一番困るのだが……文句を言うなよ」

 やがて包丁の規則正しい音が流れはじめる。その心地よい音に耳をかたむけうとうとしかけていた。
 とつぜん、うっ、といううめき声が聞こえ、梅子はどたどたとトイレに駆けこむ。
 あわててこたつを抜け出し駆け寄る。吐瀉物の酸っぱさが鼻をついた。
 吐き気はおさまらないのか、まだ戻そうとしている。大和は落ち着くまで背中をさすっていた。

「すまない。……最近どうも調子が悪くてな」
 落ち着いてきたらしい。大和はコップを差し出し窓を開ける。
「こういうことよくあるの?」

「よくというほどではないが、ときどき戻してしまうんだ」
 口をゆすいで、空になったコップを受け取る。
「戻す?」
「ああ。急に吐き気に襲われることがあってな」
「食欲は?」
「あまり無いな。体が弱っているせいか、最近臭いがどうも気になってな」
 臭いが鼻につく。その言葉が耳に残った。
「しっかり食べなきゃ。体力をつければ病気なんて逃げてくよ」
「ああ。恥ずかしい限りだ」
549 名前:策士策に溺れる12[sage] 投稿日:2009/10/20(火) 22:36:36 ID:F4UWLcaQ0
「もしかして酸っぱいものとか好きになったりする?」
 かりにも28歳の女性であるし、調べてはいるのだろう。大和は冗談口調で訪ねる。
「……そういえばそうだな」
 子供が表面上の意味だけをとって頷くように、素朴にそう返した。
「ははは」

 一応避妊はしていたが、心あたりがないわけではない。

「? おい、どうした?」
「ま、またまたからかわないでくださいよ。悪い冗談だなぁ」
「なにがだ?」

 梅子は訝しげな目で大和を見ている。

「……あのさ」
「うむ」
「……検査した?」
「何のだ? 別に休んでいれば良くなると思って、病院にはいってないが」
「ははは」
「おいおい、どうした」

 つられて梅子も笑い出した。

「まさかそんなわけないよねー」
「はっきり言ってくれないとわからないだろう」
「それに教師なんだから教えることもあるしー」
「いい加減に教えてくれ」
「いやいや、……まさかないよ」
 青ざめた顔をして、買ってくるものがあるし一人で考えたいことがあるから。そう言って一人出て行った。
 大和は、一時間ほどたって近くの薬屋のビニール袋をぶらさげて戻ってきた。
 いったい何を買ってきたんだ、そう梅子が訪ねると、
550 名前:策士策に溺れる13[sage] 投稿日:2009/10/20(火) 22:41:29 ID:F4UWLcaQ0
 「妊娠検査薬」
 乾いた笑みを浮かべながら、絞り出すように言葉を吐く。
 梅子の顔色が変わる。言葉少なにわかったと頷き、説明書きを読む。
 後ろに回り、大和も一文逃さず読み下す。
 梅子はむくっと立ち上がり黙ってトイレに入った。
 大和もじっと扉の前で待つ。
 扉が開き、思い詰めた顔をした梅子が出てくる。
 ひったくるように検査紙を取った。
 判定窓の色が変わっている。
 陽性反応だ。

「せ、先生。お、落ち着いて! 大丈夫、大丈夫だから。……いいかよく考えるんだ。そう! えらい人もいっていた。こういうときは素数を数えるんだ! いや、まて、病院か? 病院へ行ったほうがいいのか?」
 うろうろと歩き回る。
「落ち着くのはお前だ」
 自分以上にうろたえている大和の姿をみて、落ち着きを取り戻す。

「病院を調べる。……待ってろ」
「待って、知り合いに聞いて評判のいい病院を探してみるよ! ……いやでも急ぐよな。急ぐんだよな? それに誰だ。誰に聞く?」
「落ち着け。近々出産する友人がいる。今、電話する」
 
 結婚はしているか、そちらの方が旦那か、同居はしているのか、そういった事柄を聞いたあと、
「懐妊なさってます」
 ちらりと大和の顔を見てから、医師は告げた。
 
 帰りのタクシーの中では二人とも一言も喋らず、部屋に戻ってきてからもしばらく黙っていた。
「熱っ」
 ホットミルクを差し出す。
「ほら、大和」
「ありがとう、先生」
「うーめーこ、だろう?」
「……そうだね梅子」
551 名前:策士策に溺れる9[sage] 投稿日:2009/10/20(火) 22:47:40 ID:F4UWLcaQ0
「男と女が付き合っていれば自然の成り行きだ。誰が悪いという話しではないし、本来喜ぶことべきことだ。……お前にはまだ荷が重いかも知れないがな」
 じっと耳を傾けている。
「私は堕ろすつもりはない。天からの授かりものであるし、生まれてくる命を奪うということは、私には出来ない」
「お前に無理をさせるつもりはない。お前はまだ学生で、私は社会人だ。それに私のほうがよっぽど人生経験豊富だしな。……なに大船に乗ったつもりで任せておけ」
「……責任はとるよ」
 カップを置く。
「……大和」
「梅子のことは好きだけど、……まさかこんなに早く子供ができるなんて、考えてもいなかった。それで少し狼狽えただけだよ。……我ながら情けないけど」
「確かに早すぎたな」
 ぽつぽつと二人は言葉を交わしだす。この先のことを、話し合う。
 学校をやめなくていいのか。やめはせずとも進学せずに就職したほうがいいのではないかという話にもなった。
 それには、梅子が反対した。
「私のせいで、お前の将来を潰すことはしたくない。なに、貯蓄はある。……子供が心配なら、私が職を辞すから問題ない」
「俺だって梅子にそんなことはしてほしくない。働くことは嫌いじゃないし、教師っていう職業は好きなんだろ?」
 籍は卒業後にいれることにした。いずれ分かることであるし、産休も取らねばならない。学校には早いうちに伝えることになった。
「それと、話は変わるんだけど。……Sクラスに行きたいんだ。なんとかならないかな」
 三年もFクラスでいい。
 理由を訪ねはしない。梅子にはわかりきっている。
「無理ではない。前回が悪すぎたので次のテストで相当な点数を取らねばならないがな」
「覚悟はしてる。それに梅子に比べたらなんでもないよ」
 梅子は、笑みをこぼし、くしゃくしゃと頭を撫でた。


 言葉通り大和は三年時にはSクラスに進学した。
 梅子はどのクラスの担任もしていない。新学年にあがる前に学校側には伝えておいたからだ。
 相手が大和であることももちろん伝えた。
552 名前:策士策に溺れる15[sage] 投稿日:2009/10/20(火) 22:51:16 ID:F4UWLcaQ0
 何らかのペナルティーがあるかと思われたが、実際には相手が大和であることを極力公言しないことを上限に一切ペナルティーはなかった。
 会議が開かれ、なかには声を大にして退学、せめて停学やSクラス取り消しを唱える教師もいた。
 いることにはいたが、それは学長である川神鉄心の、我が校の方針は生徒の自主性を重んじることである、という鶴の一声で取り消しになった。自主性にも程がある。

 川神院の育児の支援も得られた。
 育児支援は鉄心ではなく、百代と一子が言い出したことである。
 会議が開かれた数日後の金曜集会でのこと。
「えー……みんなに知らせがある」

 ふらりと旅に出たキャップをのぞいて、メンツは全員揃っている。

「実は梅子先生と付き合ってるんだ」

 半数から驚きの声があがり、残りは百代を除いて、訳知り顔でニヤニヤとしている。何故かガクトは後者の組である。百代だけが腕組みをして一人沈んだ顔をしていた。

「それでここからが重要なんだけど。……妊娠させてしまったんだ」

 場の空気が固まった。
 クリスはせんべいを加えたまま微動だにせず回りの様子をうかがうように眼球だけ動かしている、一子は反すうするように眉の辺りにしわを寄せている。
 由紀江はあぅあぅと口を動かし続けていて、モロはあっけにとられたように口を開け放っている。そして、クッキーまでもがボディの光彩の点滅を止めている。

「おいおい冗談はよせよ。全員ではめようったって、いくら俺様でもそんな嘘にはだまされねーぞ」
 口とは裏腹にガクトの頬は引きつっている。
「いや本当なんだ」
「嘘つくなよ。 女教師を妊娠させるなんてな、漫画だけの話だぜ!」
「……大和のいったことは本当だ」
 気だるそうに立ち上がり、窓辺からテーブルへと近づく。
「……わかってはいたんだ。……本当だって。いたんだよ! しかし認められない。何だ。何が俺とお前を分けた。慢心か! 環境の差か!」
「お前は少し黙っていろ」
 空気をよめというサインを放つモロに気づかず、哀れガクトは百代のボディーブローの前に体を沈める。
554 名前:策士策に溺れる16[sage] 投稿日:2009/10/20(火) 22:55:34 ID:F4UWLcaQ0
 冷静にこれまでの事態を説明する。
 間に口を挟むものはいない。皆聞き入っている。
「俺の話は以上だ。なんていうか、若気の至りとしかいいようがない。みんなにも迷惑をかけるかもしれない。もしかしたら協力を頼むかもしれない。そんなときはたすけてくれ」
 ひざまずきこうべを垂れ、土下座をする。
「このとおりだ」
「頭をあげろ。そうやって土下座までしないと手助けしてくれないと連中とでも、お前は思ってるのか」
 百代は、膝をかかえ、顔をさげ覗き込む。
「だとしたら心外だがな。……こいつらはお前が何もいわなくても助けてくれるんだ。だろう?」
 振り向き同意を求める。もちろん異論を挟む者は一人もいない。
 当たり前だろう。全員がそんな風に返す。
「ほら、立ち上がれ。シャキっとしろ。シャキっと。妻を娶る男がそんなんじゃいかん」
 手を貸し、起き上がらせる。
「姉さん。……なんかおっさん臭いぜ」
「一言多いんだお前は」

 お腹が大きくなる前に、梅子の実家へ訪れ両親へ挨拶をした。
 いくら男気がなく、嫁の貰い手が見つかりそうにない娘とはいっても、相手はまだ学生である。当初ははっきりと難色を示した。
 しかしそこは大和である。事前に情報は調査済みである。手土産から相手の気に入りそうな態度、性質、話題、全て周到なぐらい準備はしてある。結果最後には嫁に貰ってくれとまで泣きつかれる始末であった。
 出産も無事に済んだ。
 初産だし長いこととったらという周囲の言葉にも関わらず、早くに梅子は学校に復帰した。


 ―――そして、月日は流れ卒業式。
 スーツ姿のガクトとモロは校庭にいた。最後の思い出にとぶらぶらと校舎内をうろついているのだ。
「高校生活なんてあっというまだったな」
「そうだね。このまえ入学したと思ったらもう卒業だもんね」
555 名前:策士策に溺れる17[sage] 投稿日:2009/10/20(火) 23:02:11 ID:F4UWLcaQ0
「結局俺達彼女できなかったな」
「まぁしょうがないと言えばしょうがないけど」
「あいつは勇者になったっていうのにな」
「大和は、キャップをある意味越えちゃったもんねぇ」
モロとガクトの目線の先には、駆け寄っていく大和の姿がある。先には京と百代。そして、百代の腕のなかの赤ん坊。
「ごめん。遅くなっちゃって」
「気にするな。お前は私の所有物なんだ。ということはお前の子供も私の物だ。私の物を私が面倒をみるのは当然だろう?」

 一足先に卒業した百代は、わりと暇しているらしく、最近では率先して赤子の面倒をみている。

「おかあさんでちゅよー」
「こらこらこら。……洗脳するのはよしなさい」
「大和のこどもということは私のこどもも同然だもん。ということは私はこの子の母親も同然」
「いかなくていいのか?」
 
 大時計に目をやる百代。
 卒業式が終わったら流れで、婚姻届を役所に出す手はずになっているのだ。

「そうだね。……悪いけどまた面倒見ててもらえる?」
「当たり前だ。ほら、行ってこい!」
 校舎内に駆け戻る。
「先生」
 教員室に入る。他の教師は出払っている。梅子は机で書き物をしていた。
 けじめをつける意味で、学校内での呼び方は直した。
「大和か、待ってろ、もう少しで終わる」
 しんとした部屋に、校庭のほうからの生徒たちの声と書き物の音が鳴る。
「……よし。行くか」
 手を握りあいながら廊下を進む。残っている生徒の姿は見受けられない。
「……あっという間だったな」
556 名前:策士策に溺れる18[sage] 投稿日:2009/10/20(火) 23:05:43 ID:F4UWLcaQ0
「そうだね」
 二人の足音が廊下の隅にまで響き渡る。
「お前のクラスを持ったときには、こんなことになるなんて思いもしなかった」
「俺もだよ」
「ふふっ」
 吐息をこぼす。
「この一年頑張ったな」
 大和は第一志望の大学に合格していた。もちろん努力のかいあって、である。
 キャンパスは遠くはないが、子供も生まれたので二人は春からは新居にうつる。
「当たりまえだろ。俺は梅子を守るって誓ったんだから」
「一丁前のことを言いおって」
 門の近く、一台のセダンが止まっていて、そばには忠勝が立っている。
「勘違いするんじゃねーぞ。この後仕事があるから、ついでだ。ついで」
 後部のドアを開け二人を乗せてから、運転席に乗り込む。
「ありがとゲンさん」
「ふん」
 免許を取ってから月日は浅いが仕事柄運転することが多いので、運転は手慣れたものだ。
「ゲンさんにもいつかお礼をするよ」
「馬鹿いってんじゃねぇ。……お礼なんていい。……家族を守れるようになれ」
 どこか遠くのほうを見つめながら、つぶやくようにそう言った。
「わかってる」
 手続きはつつがなく終わり、役所から出てくるときには、二人は晴れて夫婦となっていた。
「これでもう直江梅子なんだね」
「まだ違和感があるな」
「そうだね。少し経てば慣れるんだろうけど」

 そのままとある場所へと向かいたかったが、卒業謝恩会という名目の宴会が控えていた。
 大和と忠勝は終わり次第抜け出し、梅子が待っている喫茶店へと足を進める。一子や京、それと巨人も着いてきた。
557 名前:策士策に溺れる19[sage] 投稿日:2009/10/20(火) 23:09:22 ID:F4UWLcaQ0
 途中、忠勝は車を取りに別れる。もちろん忠勝は酒を一滴も飲んでいない。
 悪いからタクシーで行く。だから飲め、そう幾度となく進めたが最後まで忠勝は断ったのだ。
 大和たちの姿に気づき、梅子は店を出た。
「おめでとうございます」
「ああ。ありがとう」
「先生、こいつに愛想がつきたらいつでも俺のところに駆け込んできてくださっていいんで」
「安心して下さい。そんな日は訪れませんから」
 笑顔でばっさりと切り捨てる。
「ははは。そうですか。何よりです」
 そのまま梅子は一子たちと話し始める。
「……なぁ……俺とお前いったいなにが違ったんだ」
 肘で大和をつく。
「……大分前にもそれ言いましたよね」
「いっとくがなぁ! これからが地獄だぞ! 甘ったれ根性は捨てろよ!」
「覚悟はしてますよ」
「……だよなぁ。お前この一年頑張ったもんなぁ」
「当然のことです」
「……選別だよ。とっとけ」
 のしがついた封筒が渡される。
「ありがと」
「なあに、お前にじゃない。一度は惚れた女に向けてさ」

 二人は車に乗り込み、七浜の港が一望できる公園に向かった。
 夜景が美しい定番のスポットである。
 梅子の手を引き高台へと向かう。
 ビル街にはネオンのきらめきが、海のほうには灯台の輝きが揺らめく。遠くのほうで船舶だろう灯りがゆらめきながら、動いていく。
 深い藍色をした海はゆったりと波をたたえている。空には半月が浮かんでいて淡い輝きを放っている。星は見えない。都市が明るすぎるのだ。
 けれど、海にはそれら全ての光りが映し出されている。
「梅子」
「なんだ」
「色々順番が入れ替わっちゃって、すまないことをしたと思ってる。こんなことはじめに言うべきだった」
558 名前:策士策に溺れる20[sage] 投稿日:2009/10/20(火) 23:13:30 ID:F4UWLcaQ0
 優しく大和を見つめる。
「一生大切にします。……俺についてきて下さい」

 懐から箱を取り出す。中には指輪が入っている。

「一生なんて大言していいんだな」
「あたりまえだろ」

 じらすように間をおき、

「……私は一生大和についていきます」
 指輪に指を通した。






――――――――その後


生徒が女教師とつきあい始め孕ませ結婚したという話題は川神学院では一種の伝説となり、数十年後の生徒にまで語り継がれることになる。
同窓会が何回重ねられようが、この話題にはいつも花が咲き、大和と梅子はからかわれたという。

大和は卒業後、一流企業に就職。後に子供のためになる世の中を、と議員に転職。幾度か当選を重ねた後、これからは子供世代の時代だ、と突如として引退。余生をすごす。
梅子はあれから二人子供をもうけた後、教師を辞め家庭に入り、夫に尽くしたという。
夫婦は最後の時までいつまでも仲良くくらしたとさ。
559 名前:aerowa[sage] 投稿日:2009/10/20(火) 23:20:16 ID:F4UWLcaQ0
以上です。無駄に長くてすみません。
>>535-537,>>539-544,>>547-552,>>554-558
レス番は以上です。