木枯らし

519 名前:名無しさん@初回限定[] 投稿日:2009/10/19(月) 10:08:16 ID:noHvzJ6c0
ちょっとしんみりする(?)ワン子の話を投稿します。
520 名前:木枯らし①[] 投稿日:2009/10/19(月) 10:13:55 ID:noHvzJ6c0
「お風呂でたよー」

未だ湯気が立ち上る髪をタオルで拭きながら、幼い一子は居間で大和丸シリーズを見ている老婆の横にちょこんと座り、一緒になってテレビを覗き込む。

『愚かな母だとも思う。息子を人でなしにした』
『無礼なっ』
『だがそんな貴女が…私はいじらしい、愛しい。私は母を知らないから』

一方の老婆は登場人物達の台詞になにかしらの懸念材料を感じたのか、そっと一子を見る。

「ねー、まだ戦わないの?」

彼女は重厚なドラマパートを理解しているとは言い難く、最初からクライマックスの殺陣シーン目当てで見ているクチだった。
老婆は安堵したように笑って、多分まだだと言った。

「ここはつまんなくないけど、よくわかんないわ。おばーちゃんは面白い?」

子供らしい感想を含んだその問いに、老婆は微笑んで静かに頷く。

「じゃあ、そのまま見ててね。肩たたきするから」

立ち上がると老婆の背に回り込み、軽く拳を握って振り下ろす。
拙いけれど非常に優しい、老婆の疲れが取れる事を最優先に願っている手つきだった。

「どう? どう?」

老婆の反応に嬉々とした表情を浮かべると、そのまま後ろから抱きついて。

「今日も一緒に寝ていい? アタシは湯たんぽみたいにあったかいから、おばーちゃん風邪ひかないよ」

窓ガラスの向こうで、冷えきった風が吹き荒れる。
老婆の温もりをより一層感じられるから、一子はこの寒さも嫌いではなかった。
521 名前:木枯らし②[] 投稿日:2009/10/19(月) 10:18:33 ID:noHvzJ6c0
川神市内・某所。
一子最後の戦いとなったあの灼熱の日から既に数ヶ月。
秋も半ばに差し掛かり、平均気温も日中でさえ涼しすぎるくらいに低下していた。

「初めてだよね、ここにアタシ達二人だけで来るの」
「ああ、いつもキャップ達が一緒だったからな。特に、俺とお前の組み合わせは斬新だろう」

水を汲んだ桶と供え用の花束を手に、俺と一子は石造りの階段を上がっていく。
登り切った先に広がるのは、十人十色な墓が立ち並ぶ閑散とした敷地。
その隅に、目的地はあった。

「久しぶりね、おばーちゃん」
「ご無沙汰してました」

『岡本』の文字が刻まれたささやかな墓石。
以前来た際に俺達が供えた花は既に枯れ果てていて、今年の全盛期は過ぎ去ったとはいえ地面に雑草は生え放題。
それらは、ここを訪れる者が俺達の他に存在しない事を示していた。

「それじゃあ、俺は花瓶をやる。一子、お前は石を頼む」
「うん、任せといて!」

作法については特に指示しなかった。
本来、墓石のてっぺんから水をかけるのは頭から水を浴びせる事にあたって失礼だという言い伝えもあるらしい。
しかし、この際は気持ちの問題だから形式は度外視した。
どんな掃除の仕方であれ、本当に想いを込めてするのだったら故人が怒る事もないだろう。
そう解釈するのは都合がいいかもしれないが、一子にはその点について太鼓判を押すしかない。
522 名前:木枯らし③[] 投稿日:2009/10/19(月) 10:24:49 ID:noHvzJ6c0
回収した花の残骸と新しく持ってきた花束を入れ替え、墓石の掃除を終えた一子と草むしりを共同作業でこなす。
30分ほど経つと、墓は前に俺達が来て手入れをした時とほぼ同じ状態に戻っていた。

「ねぇ――――」
「駄目だ。終わってからだぞ」
「まだ何も何も言ってないのに~っ!」

目を輝かせて涎を垂らしそうな一子を制止しながら、小笠原さんの店で購入した和菓子を皿に乗せて墓前に添える。
続けて100円ライターで線香を焚き、二人でそれを供えて手を合わせた。

「……大和と付き合う事になったよ。驚いたかなぁ?」

それは間違いなく。
ワン子呼ばわりしていた頃からずっと一緒に過ごしてきた俺も全く想像していなかった未来図だし。
もし過去に遡る事ができて幼少時の俺に会い、俺が未来から来たという確たる証拠を突きつけた上で教えても絶対に信じないだろう。
でも、もしかしたら。

(万に一つでも、予想してました?)

今となっては確かめる術はないけど、そんな気がしないでもなかった。

「それとね、ずっとずっと絶対に師範代になるって言ってきたけど………あれ、駄目だった。ごめんね…いつも言ってたのに」

墓参りに来る度、どれくらい強くなったか誇らしげに報告していた一子の姿。
師範代に届くにはまだまだ足りないけど、いつか必ず――――そう宣誓していた一子の姿。
『なれたら真っ先に教えに来るね』と、笑顔で語っていた一子の姿。
異性として意識するよりも先に、夢に燃える姿を応援したくなったのさえ最近だった筈なのに鮮明に憶えている。
多分、夢を捨てかかっていた当時の俺にも心のどこかで眩しく見えていたからだろうか。

「でもね…別の夢は……見つけたわ」

もっとも、夢が潰えた事を自ら告げる一子の表情にもう曇りはない。
523 名前:木枯らし④[] 投稿日:2009/10/19(月) 11:00:18 ID:noHvzJ6c0
「大和が支えてくれたから。お姉様が愛してくれたから。キャップとガクトとモロと京、おばーちゃんは知らない新しい仲間、
 あとは強敵(とも)がいてくれたから。他にも沢山の人達がアタシを大切に想ってくれたから。だから、見つけられたの。
 確かに、アタシは武道の――――川神院師範代に上り詰められるほどの才能はなかったけど。それでも良い人に巡り逢える才能には恵まれてたみたい」
「勘違いするなよ。お前にそんな才能はない」
「えーっ!!」

横から思い切り否定してやった。
それは才能なんかじゃない。
天なんかから――――他の誰かから与えられたものじゃないんだ。

「ゲンさんが『お前が笑うと…嫌な気分が失せていった』。そう言ったの、憶えてるよな?」
「……うん」

確かに一子は物覚えがいい方ではないけど、あの真剣な告白を忘れるような奴じゃない。

「あれが全部表してるよ」

姉さんも、ファミリーのみんなも。
ゲンさんと九鬼も。
学長やルー先生も、川神院の修行僧達も。
話を聞く限りじゃ、いつぞや会った釈迦堂ってオッサンだって。
そして、きっとおばあさんも。
何よりも俺が――――。

(いつだってお前の笑顔に幸せにされてた)

それを才能だというなら、間違いなく超天才だろう。
少なくとも、そう感じる奴が良い人間と言うなら集ってくるのは当然だ。
一子の笑顔はカリスマの類とは異なる引力を備えている、と確信している。
524 名前:木枯らし⑤[] 投稿日:2009/10/19(月) 11:06:13 ID:noHvzJ6c0
「人を幸せにする事についてお前の右に出る奴はいない。俺を筆頭に、お前を大事に思ってる奴全員が保証してやる。
 でも、お前にばかり幸せにされっぱなしなのも立つ瀬がないから…お前は俺が最高に幸せにするぞ」
「大和っ」
「――――って訳で、一子を貰います」

視線をくるりと墓石に戻して、そう告げた。
既に心身ともに結ばれてる以上、厳密に言えば『貰いました』かもしれなかったが。
それを堂々と言う気になれずオブラードに包んでおき、故人が天から全てを見通してない事を少しばかり願ってみた。

「あはは! なんかそのセリフだと、『お父さん。娘さんを僕にください』って奴みたい。ドラマとかで、結婚する時によくやるような」
「……違う意味がいいのか?」

笑っていた一子の顔が急速に変化し、意味を理解しようと懸命に頭脳をフル回転させ始めた。
その反応には苦笑しかできない。
わかりきってはいたが、こいつに回りくどい言い方はまるで通用しないか。

(察しろよな。男としてはこのセリフ、割と勇気がいるんだぞ)

あくまでも、いつか必ず――――そういう意味合いではあったけど。
それでも、恋人の家族にそう宣誓するのは緊張した。
有史以来、数えきれない男達がこの緊張感を味わってきたのだと実感する。
たとえ、今はもう別の世界にいる人相手であってもそれは変わらない。
だが、今回これだけは言っておきたかった言葉であった。

「おい、一子」

未だ思考中だった彼女の髪をくしゃりと撫で、現実に引き戻す。

「帰るか」
「うん!」
525 名前:木枯らし⑥[] 投稿日:2009/10/19(月) 11:13:00 ID:noHvzJ6c0
全ての片付けを終えて、墓所を後にする。

「また来るね、おばーちゃん。今度はみんなと一緒に」

去り際、一子はそう告げた。
新しい仲間にも会って欲しいし、と付け加えて。

「ねぇねぇ、早くどこかでお菓子食べよ! 公園とかで」
「ああ、でも急かすなよ。そんでもって、帰ったら一緒に勉強な」
「いちいち言わなくても、そんなのわかってるわよぅ…でも、甘い物食べた方が脳の疲れが取れるわー」

再び石造りの階段を降りていき、その中盤に差し掛かった時だった。
二人の間を、一陣の突風が駆け抜ける。
吹く季節を完全に早まった、せっかちな極寒の北風が――――。

「うおっ!」
「ひぎゃーっ!! 寒いわ! 大和、くっつこ! 寒い!!」

言うや否や、震えながら一子が大和に飛びつく。

「お、おい! 階段で飛びかかるなっ」
「ぶるぶるぶるぶる~っ」

一子は自称『湯たんぽみたい』かつ雪が降っても喜んで庭を駆け回るタイプだが、さすがにこの不意打ちに等しい寒さには耐えられなかったらしい。
最初の風を皮切りに、冷たい風がなおも激しく次々と吹きすさんでいく。
まるで嵐のようだった。

「木枯らし…もう冬到来か」
「モンジローだか何だか知んないけど、早く帰ろ! 寒すぎるわーっ」

寒風は一向に収まる様子はない。
それどころか、ますます勢いと冷たさに磨きがかかっていく。
526 名前:木枯らし⑦[] 投稿日:2009/10/19(月) 11:40:05 ID:noHvzJ6c0
一際甲高い風の唸り声が響き渡った時だった。
大和にしがみついて震えていたのも束の間、一子が突如ハッと空を仰ぐ。

『幸せに』

耳を澄ませても、聞こえるのは大和の息づかいを除くと強烈な風の音色ばかりだったけど。
そんな轟きが、一子には何故かそう聞こえてならなかった。

「……おばーちゃん………?」
「え?」

その呟きには大和以外に誰も応える事はない。
一子は大和に密着したまま、そっと無言で彼の肩に頭を預けた。

「いきなりどうした?」
「大和、もう少しこのままでいさせて。この方がアタシも大和も、二人揃ってあったかいから」
「いいけど…お前、涙目になってるぞ」
「うん、そうかもしんない」
「ゴミでも入ったのか? 診てやる」

しかし、一子はゆっくりと首を振った。
瞳を滲ませたまま、いつも以上に微笑んで。

「何だかよくわかんないけど……嬉しくって泣きそうなのよぅ」

もっと二人で寄り添い合うように。
もっと二人で温もりを分かち合うように。
ずっとあなた達が幸せでいますように。
まるで、そんな優しい願いが込められているかのような凍える風だったから――――。
527 名前:名無しさん@初回限定[] 投稿日:2009/10/19(月) 11:44:35 ID:noHvzJ6c0
おしまい。
ワンちゃんの才能は何かを考えた時、努力の才能よりも確かなものだと思ったので。
しかし、釈迦堂さんの名前まであったのは……ひとえにここの小説による印象が大きいか。
因みに冒頭の劇中劇シーンは実際に大和丸シリーズのモチーフ後期から拝借しました。