誇りを胸に

292 名前:名無しさん@初回限定[sage] 投稿日:2009/10/04(日) 01:20:38 ID:Z6N7E1fx0
作品別スレで、ワン子が人気投票で2位だった記念に
「ワン子が武道大会でクリスに勝って百代に挑むSS」
という話題が出たのでそんな感じのものを捏造
293 名前:誇りを胸に・1[sage] 投稿日:2009/10/04(日) 01:25:12 ID:Z6N7E1fx0
「勝者、川神一子!」

高らかに勝者の名が告げられる中、ワン子はがっくりと膝を落とした。
クリスとの死闘を何とか制したものの、すでに満身創痍だ。
この後の2試合、可能なのか……?

いや、そもそも
優勝後の姉さんとの仕合で初手に使うまで
隠しておくはずだったアギトを勝つためとはいえ使ってしまったのだ。
仮にあと2試合を勝ち進み、優勝したとしても
すでに存在を知られてしまったアギトが果たして姉さんに有効なのか。

おそらく、アギトでは通じないだろう。

アギト、では。

……いかん、ここで俺が悩んでいても仕方がない。
どうするのか、それはワン子が決めること。
俺はとにかくサポートに徹しよう。
タオルを手に、今にも倒れそうなワン子に駆け寄った。

そして、準決勝、決勝。
とにかく体力を温存させるため、派手な動きを抑えたがために
本来ワン子が持つスピードという武器が使えなかったし
クリス戦のダメージも抜けていなかったため
どちらも、ギリギリの勝利だったが
とにもかくにも第一関門は突破した。

後は、姉さんとの仕合のみ。
俺の中では、何とかワン子を勝たせたいという気持ちと
無事に終わってほしいという気持ちが錯綜していた。
294 名前:誇りを胸に・2[sage] 投稿日:2009/10/04(日) 01:28:16 ID:Z6N7E1fx0
「大和……今まで、ありがとうね」

仕合までのインターバル。控え室で怪我の応急処置を施す俺に
ワン子が微笑みながらそう言った。

「おいおい、何だ、コレでお別れみたいな。
 姉さんに一太刀浴びせて、試験に合格して、川神院の師範代になって……
 まだまだ先は長いんだろ。それまで、俺がサポートするさ」

「うん、ありがと。でもね、ひょっとすると……これで、最後になるから。
 だから、言っておきたかった。ありがとう、大和」

「……使うのか」

「うん」

何のためらいもなく、ワン子はうなずいた。
やめろ、と言いたかった。
そこまでしなくても、と止めたかった。
この先もずっと、元気なワン子と一緒でいたかった。

でも、ワン子は選んだ。
だから、俺もそれに応える。

「よし、じゃ腕出せ。マッサージだ。
 万全……とは言えないかもしれないが
 イメージどおりに技が決まるように、できるだけはしよう」

「うん、お願い!」

差し出された両腕をマッサージしながら
俺はあの日に記憶を飛ばしていた。
295 名前:誇りを胸に・3[sage] 投稿日:2009/10/04(日) 01:31:16 ID:Z6N7E1fx0
「おう、やってるな一子!」

「釈迦堂さん!?」

仕合に向けて山中で特訓中のワン子と俺の前に
また、いつぞやのオッサンがやってきた。
山篭りしてるのに、なんでこの場所がわかるんだ……

「そろそろアギトも完成だな……へへ、こりゃ百代との仕合も楽しみだ」

「ありがとうございます!」

「……わかってるとは思うが、大会ではアギトは使うなよ。
 一度でも百代に見られたら、もう通じねえぞ」

「はい!」

「だが……もし、大会に強敵が現れて、どうしてもアギトを使わなきゃ勝てそうにねえ。
 そんな状況になったら、お前どうする?」

「その時は、アギトを使ってでも勝ちます!
 勝ち続けなければ、先に進めませんから!」

「そうだ!それでいい、負けちまったら元も子もねえんだからな。
 で、その場合……百代との仕合はどうすんだ?」

「わ、私にはアギトしかないと思います。はじめの予定通り、アギトで姉様に挑みます!」

「はあ……お前らしいなぁ……一途というか、バカというか。
 やっぱルーに似ちまったんだなぁ」

釈迦堂さんが、ため息をつきながらワン子に近づいていった。
296 名前:誇りを胸に・4[sage] 投稿日:2009/10/04(日) 01:35:11 ID:Z6N7E1fx0
「薙刀、貸しな」

「は、はい……?どうぞ」

ワン子が差し出した薙刀を受け取り、釈迦堂さんが今度はスタスタと距離をとる。

「俺ぁもう師範代じゃねえ。破門になった身でお前に技を教えることはできねえ。
 だからここで、ちょっとした技を見せる。見せるだけだ。いいな?」

「は……はいっ!」

「よし……技ってなぁ、一つ覚えてそれっきりじゃねえ。
 一つ覚えて、その技が完成したなら、そっから応用させることだってできる。
 これから見せるのは、アギトの応用技だ……いくぞ!」

釈迦堂さんが構えを取る。

「ふうううううううぅぅぅぅぅぅ……」

水面が波立つ。木々が震える。川原の石がカタカタと跳ねる。
緊迫した空気の中、震える小枝から一枚の木の葉が落ちた、その瞬間。

「はあっ!!」

ごぅん!!

……見えなかった。俺には見えなかった。
ただ、すさまじい轟音がして、釈迦堂さんは、薙刀を突き出した構えになっていて
そしてその突き出した薙刀の先の地面が一直線に
十数メートルに渡って抉り取られていた。

「見たか、一子ォッ!!」
297 名前:誇りを胸に・5[sage] 投稿日:2009/10/04(日) 01:38:25 ID:Z6N7E1fx0
「す……すごい……これが、アギトの応用……」

「見えたのか、ワン子!?」

「うん……かろうじて、だけど切っ先の軌跡は追うことは出来たわ」

「お、てえしたもんだ……あたた、慣れない薙刀なんぞ振ったから腕が痛え痛え……
 さて、今のが俺オリジナルのアギト応用技だ。
 川神院を破門になってから編み出した技だから、ジジイもルーも百代も知らねえ。
 コイツを使えば、まず間違いはねえだろ」

「あ……ありがとうございます!よーし、早速……!」

「あー、練習は、するな」

「……え?」

「言ったろ。俺でも一度使うとな、腕が痛んじまってしょうがねえぐらいなんだ。
 ハッキリ言って、今のお前じゃ技の最後まで腕がもつかどうか、ってとこだ。
 練習なんぞして、それで腕がオシャカになっちまったら仕方がねえ。
 イメージだ。頭ン中でイメージだけを繰り返せ。ぶっつけ本番、一発勝負しかねえ」

「は、はい……わかりました」

「……もう一つ、言っとくぞ。
 コイツは腕にかかる負荷がハンパねえ。お前じゃ最悪、両腕吹っ飛ぶかもしれねえ。
 師範代になるどころか、その後の一生、腕をまともに使えなくなるかもしれねえ。
 それでも、やるか?」

「ちょ……それじゃ意味ないじゃないですか!?」

「小僧は黙ってろ!!……どうだ、一子?その覚悟は、あるか?」
298 名前:誇りを胸に・6[sage] 投稿日:2009/10/04(日) 01:41:34 ID:Z6N7E1fx0
一子は少しの間、うつむいて、黙って、考えていた。
やがて、顔を上げ、キッパリと答えた。

「やります。
 腕が使えなくなって師範代になれなくても、それはそれまでのこと……
 技を使わずに敗れ、悔いを残したまま師範代にもなれないよりは……!」

「一丁前のこと言うようになりやがったな、まったく。
 ……俺ぁな、お前が入門してえって言ったとき、反対したんだ。素質がねえってな。
 でもな、今は、ありゃ間違いだったかもしんねえ、と思ってる。
 俺に、悪かった、間違いでした、って言わせてみな」

「……師範代!ご指導ありがとうございました!!」

「師範代じゃねえっつってんだろ……
 あー、そうそう忘れてた……『鵺』ってんだ、その技の名前。じゃあな」

釈迦堂さんが去っていく。
返された薙刀を見つめ、ワン子は動かない。

「……やるのか?両腕がダメになっても。師範代になれなくなっても」

「やるわ……だいたい、ダメになるって限ったわけじゃないでしょ?」

場を和ませようとワン子が笑う。その笑顔を、俺は抱きしめた。

「俺は……ずっと、お前の傍にいるからな。
 何がどうなっても、この先ずっと傍にいるからな!」

大丈夫、きっと上手くいく。
ワン子は技を成功させ、試験に合格して、腕もダメにならず、師範代になって……
そう思っているのに、何故か涙が止まらなかった。
299 名前:誇りを胸に・7[sage] 投稿日:2009/10/04(日) 01:44:34 ID:Z6N7E1fx0
―――― そして、今。

覚悟を決めたワン子が、試合場に立つ。

「東方、川神百代!」

「ああ!」

「西方、川神一子!」

「はい!」

対峙する両者の間に、雑念はない。
ただ、向き合い、闘志を秘めて見つめあう。
観衆が固唾を呑んで見守る中

「始め!」

幕が、開いた。

間合いはまだ遠い。
ただ両者の間の気のせめぎ合いが、ピリピリと見るものを刺激する。
ぶつかり合う気は周囲に漏れて弾け
耐えかねたかのように一枚の木の葉が、両者の間に舞い落ちる。

あの時のように。

そして、それを合図にしたかのように

「せやああああぁぁぁぁっ!!」

ワン子が、仕掛けた。
300 名前:誇りを胸に・8[sage] 投稿日:2009/10/04(日) 01:48:15 ID:Z6N7E1fx0
(……やはり、アギト!)

百代が一撃目を身を捻ってかわす。

(次に切り返しの打ち下ろし……速い!)

もし、あらかじめこの技があることを知らなければ
切り伏せられるとまではいかなくても、腕で防ぐしかなかったろう。

(一度私に見せていなければ……な!?)

打ち下ろしはかわした。そのかわしたはずの切っ先が横に滑っていく。

(払いに繋げるか!)

すんでのところで、これもかわす。かわして、やや体が泳いだ。そこに

(!?切り返し!?……上下左右、縦と横二連続のアギトか!くっ!)

ここまでが、ほんの一刹那。
その一刹那に、上下左右からの斬撃が迫る。

(!しまっ……!)

思わず、後に下がっていた。いや、下がらざるを得なかった。
だがそれは、薙刀という長柄の獲物を使う相手に対しては致命的なミス。

(チィッ!このままでは……!)

一子が、叫ぶ。

「吼えろ、鵺ーーーッ!!」
301 名前:誇りを胸に・9[sage] 投稿日:2009/10/04(日) 01:52:30 ID:Z6N7E1fx0
(突きが来る!)

後退を始めた体は、突きが来るとわかっていても
他の回避行動に繋げにくい。そのままでは、間合いの長い薙刀の餌食。

(ならば……!)

思い切って、薙刀の間合いの先まで大きく距離を取るまで。
ワン子が渾身の力を込めた突きの切っ先は、僅かに百代には届かない。

だが、百代は勘違いをしていた。

来るのはただの突きではない。
上下、左右とアギトが来たのなら
この突きもまた、アギトであってしかるべきであり
そしてアギトが一対の攻撃であるのなら
この突きもまた、一対の攻撃の一つであってしかるべき……!

ごぅん!

(!?)

突然、轟音とともに、百代は衝撃に身を揺さぶられた。

上下左右、二連続のアギトは、たとえかわされても空振りではない。
超高速で切り裂いた空間は、真空に近い状態になっていた。
そこに押し込まれる、突きの剣圧!
無理やり切り開かれ、それをまた無理やり押し戻された際の衝撃波。
それこそが、何種類もの動物の体が混じりあった「鵺」の吼え声。
複数の牙を持つ異形の、最後の咆哮だった。

「ぬ…ああああぁぁぁっ!?」
302 名前:誇りを胸に・10[sage] 投稿日:2009/10/04(日) 02:05:43 ID:Z6N7E1fx0
ワン子の「鵺」で発生した衝撃波を、川神院の修行僧が発した結界が吸収していく。
その衝撃波の走った道筋に
姉さんは顔の前で両腕を交差させた、防御姿勢で立っていた。
胴着はところどころ裂け、腕や足にも傷を負っている。

「……それまで!」

何が起きたのか、見るのが二度目の俺にもわからない。
だが、この状況を見る限り、やったのか?
確か、姉さんに一撃浴びせるか、防御をさせれば試験は合格。これならば……!

ガラン

……ああ、そんな。

ワン子が、握っていた薙刀を落とす。それが意味することはただ一つ。
会場のはるか後方から怒鳴り声が響いた。

「ジジイ、一子の腕を診てやれ!!」

「その声、釈迦堂か!?」

「俺のことより、一子を診てやれってんだよ!」

「どういうことじゃ、まったく……一子、腕がどうか……ッ!?」

ぐらり

ワン子の体が大きく揺らぎ、そしてそのまま倒れこみそうになる。
咄嗟に姉さんがその体を支え、抱きかかえた。
駆け寄って覗き込んだワン子の顔は
苦痛に気を失ったはずなのに、満足そうに笑っていた。
303 名前:誇りを胸に・11[sage] 投稿日:2009/10/04(日) 02:09:44 ID:Z6N7E1fx0
手術は、5時間にも及んだ。
筋肉、腱、関節、血管、神経。
腕の組織のそこらじゅうが、ボロボロに千切れていたらしい。
手術は成功したが、それは切断せずにすんだ、というところで

「もう……元には、戻らないそうでス……」

ルー師範代がそう告げた後は、誰もが、押し黙っていた。

「俺は、後悔してねえぞ」

不意に、病院までついてきていた釈迦堂さんが口を開く。

「……え?」

「一子に『鵺』を見せたことを、俺は後悔してねえ。
 アイツぁ見事にやってのけた。川神百代に、一太刀浴びせた。勝負に勝ったんだ!
 ……それで、いいじゃねえか」

「そうじゃの……褒めてやらねば、のう……
 よう、ここまで……よう、ここまで……」

「じゃ、俺ぁもう行くぜ……えーと、兄ちゃん……大和っつったか?」

「はい。何か?」

「一子に言っておいてくれ。
 釈迦堂が、「悪かった、間違いだった」って謝ってたってな」

「自分で直接、言ってやってくださいよ」

「やなこった。俺ぁな……湿っぽいのは、苦手なんだよ。じゃあな!」
304 名前:誇りを胸に・12[sage] 投稿日:2009/10/04(日) 02:13:55 ID:Z6N7E1fx0
「あ、おはよー、大和」

「おう」

手術を終え、意識を取り戻したワン子は意外に元気だった。
両腕はギブスでグルグル巻きにされていて、不自由そうではあったが。

「ねー、このギブスいつ取れるのかしら?早くリハビリとか始めたいなー」

「ちゃんと先生の言うこと聞いてればすぐだろ」

結局、試験には合格だったが
両腕が元に戻らないとわかったワン子は、キッパリと師範代への道を諦めた。
もっと泣いたりするかとも思ってたのだが

「大丈夫よ。だって、あのお姉様に一太刀浴びせられたんだもん。
 師範代にはなれなくても、この誇りを胸に生きていける。
 アタシは、それで十分だわ……」

そう言って、笑った。

「それでね……アタシ、何か違うものにチャレンジしようと思うの。
 まだ何をするかは思いつかないけどね。
 ……でも手が不自由なままだと、ちょっと困るかなー」

「もしそうなっちゃったら、俺がお前の手の代わりになってやるよ」

この手で薙刀を振ることはできないけれど
ワン子のために何か掴める物があるはずだから。
だから喜んでその代わりを務めようと思う。

「……うん。これからもお願いね、大和!」
305 名前:名無しさん@初回限定[sage] 投稿日:2009/10/04(日) 02:15:42 ID:Z6N7E1fx0
終わり。そして栄養士を目指す本筋に戻る。

なんで自分が書く釈迦堂さんはいい人になっちゃうんだろう。