一輪の花
235 名前:名無しさん@初回限定[sage] 投稿日:2009/09/29(火) 00:53:50 ID:qtq5g6n70
ラストストーリー後の小雪アフター投下
236 名前:一輪の花・1[sage] 投稿日:2009/09/29(火) 00:56:53 ID:qtq5g6n70
「榊原小雪に元気がない?」
いきなり俺を呼びだした九鬼英雄の相談というのは
保護している榊原小雪のことだった。
「うむ。元気がないというより、抜け殻になっているというほうが正しいか。
今、あずみと同居させているのだが、休みの日など1日何もしていないらしい」
「あ、それで最近メイドが一緒じゃなかったのか」
「榊原小雪は、我がトーマから預かったようなもの。
何かあっては困るからな。我が一番信頼する、あずみをつけた」
ユートピア事件の責任をとって、刑に服している葵冬馬と井上準に代わり
今は九鬼家で榊原小雪の面倒を見ているとは聞いていた。
俺も、九鬼のところなら大丈夫だろうと安心していたのだが
彼女の心の傷は思ったよりも深かったようだ。
「しかし……何もしないでボーッとしてるぐらいは、あるんじゃないか、あの娘なら」
「何もしない、というのは言葉のあやではないのだ。
食事、睡眠、入浴などは、言われればするそうなのだが
それ以外の時間は、部屋の隅で膝を抱えて、じっと動かないらしい。
動かぬまま、何時間も、だぞ……おかしいであろう」
「そうか……そこまで、か」
「トーマは別れ際に、こう言った。
『知恵を借りたいときには直江大和を頼れ』とな。
それ故、こうして相談しているわけだ。どうだ、何かよい知恵はないか?」
「わかった……少し、考えさせてくれ」
237 名前:一輪の花・2[sage] 投稿日:2009/09/29(火) 01:00:27 ID:qtq5g6n70
「……ってなことを相談されたんだ」
「ふーん……あれから3ヶ月もたって、今さらな気もするけど。大和は、あの子を助けたいの?」
放課後。帰りに京と秘密基地に寄りがてら
昼間受けた相談のことを話してみる。
「……ああ、できるものなら助けたい」
「九鬼くんに頼られたから助けたいの?
それとも、昔助けられなかったから、今、その罪滅ぼし?」
「それも、あるかもしれない。
ただ、九鬼に頼まれようと頼まれまいと、あのとき助けていようといまいと
今苦しんでいると知った以上、俺は手を差し伸べたい」
「……」
「手伝ってくれるか、京?」
「頼まれたからでも、罪滅ぼしでもなくて
大和自身がそれを望んでいるのなら
私は大和のために、何でもするよ」
「……ありがとうな」
「で、具体的にはどうすればいいの?」
「そこなんだよなぁ……」
いつも3人で行動していて、他人があまり入りこんでいない関係だったので
他の2-Sの連中も、よくは榊原小雪のことを知らないのだ。
238 名前:一輪の花・3[sage] 投稿日:2009/09/29(火) 01:03:30 ID:qtq5g6n70
「何か思いつかないか、京?」
似た境遇を経験している京なら、何かわかるかもしれない、と思ったが
「わからないよ。大和がわからないのに、私がわかるわけない」
にべもなかった。
「大和だけじゃない、あの子のことは誰にもわからない。
……あの子のことがわかるのは、この世に二人しかいない」
「!……そうか、そうだよな。
何でこんな簡単なこと、思いつかなかったんだろうな、まったく。
……助かったぜ、京」
「どういたしまして。お礼は大和のホットミルクでいいよ」
「……そうと決まれば手配しなくちゃな」
「スルーしたけど否定しない……前進してる?」
カーニバル直前に板垣家を脱出したその夜
単なる友達の線を半分くらい越えちゃってから
どうも京には押され気味だ。
考えてみれば、あの日、椎名京の手をとった時点で
こういう関係になるのは当たり前だったのかもしれない。
あのときとった手を、今、急に誰かに無理やり解かれたら
京も榊原小雪のようになってしまうのだろうか。
ふと、そんなことを考えたら、何だか悲しくなった。
「……取りあえず、基地のパソコンでネット検索だな」
239 名前:一輪の花・4[sage] 投稿日:2009/09/29(火) 01:06:32 ID:qtq5g6n70
「大和君が面会に来てくれるとは、嬉しい限りですね」
S県K市。収監されている少年刑務所で
俺は葵冬馬と面会していた。
「しかし、その表情を見るに
旧交を暖めに来てくれた、というわけではないようです。
……ユキに何かありましたか?」
さすがに話が早い。
「時間があまりないので用件だけ話そう。
榊原小雪が、精神的に追い詰められている。
どうにかしてやりたいが、何か方法はないか?」
「心配はしていましたが……今、どんな状態ですか?」
忍足あずみに聞いた状況を
細かいところまで冬馬に説明していく。
「……おそらくユキは、私や準のいない今の状況を、認めたくないのでしょう。
何もせずに殻に閉じこもって、私たちが帰ってくるのを待っている」
「……それで、お前たちが戻るまで、精神がもつと思うか?」
「……正直、わかりません。ですが、無理やり殻を壊してはいけない。
自分から、殻の外に出てきてくれなければ」
「どうすればいい?どうすれば榊原小雪は殻から出てくる?」
「一つだけ……効果がありそうなモノがあります」
240 名前:一輪の花・5[sage] 投稿日:2009/09/29(火) 01:09:34 ID:qtq5g6n70
「フハハハハハ!なんだ、そんなものでよいのか!
では、我がいくらでも用意しようではないか!」
翌日、学院で九鬼英雄に面会の内容と
必要なものを伝えると、その場で豪快に笑い飛ばした。
確かに、コイツからすればどうということはないのだろうが
「……それだけでは、足りない気がするんだ」
「ヌ?」
「モノは確かに九鬼ならいくらでも用意できるだろうが
できれば……場所を選びたい」
「場所なら、我が家の庭でもよいではないか。充分広いぞ?」
「いやいや、広さとかじゃなく……この場所でやりたいんだ」
あらかじめプリントしておいた地図を見せる。
「ここは!……なるほどな。だが待て……周りはすぐに一般家屋ではないか。
このようなところでは無理だぞ」
「だから九鬼の力で何とかして欲しいんだよ」
「むう……周囲の土地を全て買収するのは時間がかかり過ぎるな。
補償金で何とかするしかないか?」
やはり金で解決するしかないか?
廊下の真中で、頭を突き合わせて話しこんでいると
「おーい、何やってんだ舎弟ー?」
241 名前:一輪の花・6[sage] 投稿日:2009/09/29(火) 01:12:35 ID:qtq5g6n70
「あ、姉さん」
退屈そうな顔の姉さんに呼びかけられた。
「珍しいのと話しこんでるじゃないか。よ、英雄。揚羽さん元気か?」
「フハハハハハハ!我が姉であれば、無論のこと!」
「そりゃよかった。で……何の話だ?おーしーえーろーよー?」
「イテテテテ、そんなに絡まなくても教えるよ!」
事の始まりから今の問題点まで説明してみる。
「ふーん?」
「……何かいい考えでもない?」
「考え、っていうか……ソレ、私がやってやろうか?」
「……ゴメン、言ってる意味がわからない」
「だからー、本物だったら、そこじゃ無理かもしんないけど
私がやる分にはどこだって平気なんじゃないか?」
「あ!……確かに、姉さんなら……!」
「おい直江、我にもわかるように言え!
どういうことなのだ一体!」
「いや、つまりな……」
242 名前:一輪の花・7[sage] 投稿日:2009/09/29(火) 01:15:38 ID:qtq5g6n70
そして次の日曜日。
午後遅く、俺は京と一緒に、榊原小雪を連れて出かけた。
九鬼家を出て、電車に乗り、目的地につくまで
小雪は何も喋らない。ただ黙ってついてくる。
俺たちも、特に話しかけることもなく
そのまま目的地についた。
「ここが、絶好のポイントだ」
少し小高くなった丘にある、神社の境内に陣取った。
京は小雪の背中にぴったりついていた。
やがて日が暮れる。
当たりが薄暮に包まれ、そろそろ予定の時間だ。
「榊原……あっちを見てな」
特に反応はしない。
京が、小雪の向きを俺が示した方向に変える。
ただ、うつろな視線が宙をさまよう。
それを確認して、待機しているはずの姉さんにケータイで連絡する。
「姉さん、お願い」
『ああ!派手に行くぞ!』
そしてその直後
ヒュルルル
音をたてて、夜空を光の玉が駆け上がっていった。
243 名前:一輪の花・8[sage] 投稿日:2009/09/29(火) 01:18:48 ID:qtq5g6n70
ド、パーン!!
寒空にうちあがり、凛と咲く大きな花が一つ、俺たちの上に花開く。
「あ……」
小雪が、声をあげる。
それを掴もうとするように、ふらふらと手を差し伸ばす。
「見えるか……ユキ。花火だぞ……
お前と、冬馬と、準で、いつも一緒に見ていた、花火だ。
出会って最初に三人で遊びに行った日に見た
お前たちが大好きだった、花火だ!」
「あ、あ、あ……」
ド、パーン!!
姉さんが、次々と、気合を込めたエネルギー弾を夜空に打ち上げる。
それは空高くで弾け、花火と化していた。
民家が近い、この場所で、花火を打ち上げるための苦肉の策だった。
「あっちの建物にな、冬馬と準がいるんだ。
わかるか?今も、一緒に花火を見てるんだぞ!
お前と一緒に、花火を見てるぞ!!」
指し示した先には、二人のいる少年刑務所の建物。
ここでなら、同じ空の下、また三人一緒に花火を見られる。
ここでなければ、意味がないのだ。
「うぁ……ああ、あああああ!!
と…トーマァー!!……じゅんー、うぅ~!!う、うああああああぁぁぁ!」
244 名前:一輪の花・9[sage] 投稿日:2009/09/29(火) 01:21:53 ID:qtq5g6n70
殻が、破れた。
二人の名前を呼びながら、小雪は子供のように泣きじゃくる。
その瞳は打ちあがる花火を見逃すまいと
涙で溢れさせながらも見開いたまま。
「……冬馬と準から、伝言だ。
『私たちも頑張っています。だから、ユキも頑張ってください』」
「うあ、あああ……が、あ、……がんば、る……
ボ、ク…う…頑張るよー!トーマァー!!準ー!
ボクも、頑張るからーー!!」
届いた。届いてくれた。
京が顔を背ける。その頬が濡れて光っている。
自分とどこか似た娘が、辛いどん底から
必死に這いあがろうとする姿に涙をこぼしていた。
まだこれで終わったわけではないけれど
でも、これで始めることができる。
ケータイで、姉さんに付き添っているワン子を呼びだす。
「姉さんに伝えて。ありがとう、終わったって」
『了解!お姉様ー、大和がもういいってー!』
『よーし、それじゃ最後は特大で……はああああああああああっ!!』
ヒュルルルルル……ドッッ…パァーン!!
冬の花火が、ひときわ大きな花を夜空に開かせていた。
245 名前:一輪の花・10[sage] 投稿日:2009/09/29(火) 01:25:03 ID:qtq5g6n70
その後
少しずつ、榊原小雪は感情を取り戻していった。
最初は泣いてばかりではあったが
段々と、笑ったり、怒ったりするようになった。
あと、どういうわけか京と仲良くなったらしい。
「ボクが同じになったからねー」
相変わらず、言っていることはよくわからないが。
あと、俺にもなつきだした。
ときどき、京と張りあっている。
「これはもう私の!ユキはトーマと準が帰るの待ってなさい!」
あの花火を見ていたときに
一緒に涙を流していた京の姿はもうない。
あの姿に、ちょっと京を見直したのだが
そんなこと言うと押しきられそうなので黙っている。
「ケチー!」
「その前に、まだ京のものになったと決まったわけじゃないんだが」
「ほら見ろー!ほら見ろー!」
こうして騒がしくすごしているうちに、冬馬と準も帰ってくるだろう。
そうすれば、俺と京のお守り役もおしまいだ。
それはそれで、寂しいような気もするが
今はせめて、この時間も思い出の1ページになるようにと願う。
あの美しい、一輪の冬花火とともに。
246 名前:名無しさん@初回限定[sage] 投稿日:2009/09/29(火) 01:26:52 ID:qtq5g6n70
終わり。
姉さんにエネルギー弾撃たせたのは
自分にとっても苦肉の策。