この指、とまれ
119 名前:この指、とまれ・1[sage] 投稿日:2009/09/21(月) 23:34:53 ID:ep7akMpb0
「いやあ、今日もモモ先輩、無敵だったよなー」
秘密基地で、今朝挑戦してきた武道家をあっさり返り討ちにした姉さんの話題。
「……思うのだが、モモ先輩ほどになると、もう怖いものとかはなくなるのだろうか?
……ちなみに、私は虫がちょっと苦手なんだが」
「私はこの先、友達が全然出来なかったらと思うと怖くて怖くて……」
「アタシはゴハンが食べられなくなるのが怖いワ……」
「大和がいなくなるのが一番怖い……」
皆がそれぞれに弱点を口にする中で、姉さんは悠然としていた。
「んー、まあ、私は怖いものはないなー」
「……あるでしょ、姉さん。一つだけ怖いものが」
「あー、あれは……怖いというより、苦手なだけだ」
「っていうか、大和……今日じゃね?3月14日だから」
「ああ、そういやそうだな……クリスたちに話してもいい、姉さん?」
「今さらだが……まあ、好きにするがいいさ」
それは、彼らからすれば昔の話
川神百代が風間ファミリーに入ったあと
そして椎名京がファミリーに入るよりちょっと前
それぐらいの、過去の話だった。
120 名前:この指、とまれ・2[sage] 投稿日:2009/09/21(月) 23:38:57 ID:ep7akMpb0
「あれ?……おい、あそこで誰かこっち見てるぞ」
いつもように縄張りの原っぱで遊んでいるうちに
木の陰からこちらをうかがう、同い年ぐらいの女の子に気がついた。
「……見たことないやつだな」
「隣の学校のヤツかな……どうしたの、姉さん?」
「いや、おかしいだろ……あんな所に近寄られるまで
私が気づかなかったんだだぞ?」
「そういえばそうだね」
いつもは、この原っぱに近づく者がいれば
気づいて教えてくれるのだ。
「声かけてみるか」
「もうそろそろ夕方だよ?」
「いいじゃねえか、まだちょっとは遊べる」
「皆OK?じゃあ、リーダーの俺が行ってくる!」
「うん、お願い」
人見知りしないし、人にも警戒されにくいのか
こういう役にはうってつけだった。
走っていく姿を見て、女の子はさらに陰に隠れてしまったが
かといって、逃げ出す様子もなかった。
121 名前:この指、とまれ・3[sage] 投稿日:2009/09/21(月) 23:43:00 ID:ep7akMpb0
やがて、女の子を連れて戻ってきた。
連れてきた女の子は、痩せていて、着ている服もみすぼらしかったが
嬉しそうな笑顔はまぶしいほどに輝いていた。
「ホントに……ホントに遊んでくれるの?」
「ああ、特別にお客さんとして歓迎するぜ」
「この辺じゃ見ないけど、どこから来たの?」
「えっと……あっち」
女の子が指差したのは川の向こう。
「なんだ、東京側からかよ。そりゃ見たことねえはずだぜ。
俺らだいたい4年生だけど、何年?」
「あ、同じ!アタシも4年生なの」
「よーし、じゃあ改めて、よろしくな!えーと……オレ、風間翔一!
キャップって呼んでくれ!」
皆が自己紹介を始め、最後に残った女の子を見つめる。
「えっと……わたし、ラン!」
「よーし、それじゃ……缶蹴ーりすーるもーのこーのゆーびとーまれっ!」
「やるやるー!」「は、宇宙まで缶を蹴り飛ばしてやる!」「いや、それだと続かないから」
差し上げた指先に、わっ、と皆が殺到する。
少女もその真っ只中で、抱きつくように飛びついていた。
122 名前:この指、とまれ・4[sage] 投稿日:2009/09/21(月) 23:47:01 ID:ep7akMpb0
やがて、あっという間に日が暮れる。
「ハラも減ったし、そろそろ帰るかー」
「え……もう、帰っちゃうの?」
「そうだな……よお、橋の向こうまで送ってやるよ」
「やだ……もっと遊びたい……」
寂しそうにうつむく少女。慰めるように皆が近づきかける。
「おいおい、オマエが一番家が通そうなんだから……!?」
少女の雰囲気が一変した。
うつむいたまま、すっ、と手を掲げ
「……缶蹴ーりすーるもーのこーのゆーびとーまれ……」
「お、な、何だ!?足が……あれ、ちょ、どうなってんだ!?」
皆がフラフラと少女の方に集まっていく。
「……ぐ……なんだ、この力……!」
百代だけは、並外れた力と精神力で踏みとどまっていた。
「百代さんは、遊ばないの?
……一緒に、遊んでくれるって言ったのに……!!」
「ふざけるな!……気配とか、おかしいと思ったんだ……
オマエ、人間じゃないな!」
123 名前:この指、とまれ・5[sage] 投稿日:2009/09/21(月) 23:51:05 ID:ep7akMpb0
百代がそう言った、その瞬間。
「う……うわあああぁぁぁっ!?」
少女が、影のように真っ黒な姿になった。
真っ黒な、人型の影。
だが、それはよく見れば影などではなく
炭のように真っ黒に焦げた人間の姿だった。
その焦げた人型が、もう一度言葉を発する。
「……缶蹴ーりすーるもーのこーのゆーびとーまれ……」
差し上げた指に、皆が吸い寄せられるように集まっていく。
心まで縛られてしまったのか、もはや目もうつろだ。
「ダメだ……!その指に触るな!!」
ただ一人踏みとどまった百代だが、踏みとどまるのが精一杯で
身動き一つできず、ただ必死に叫ぶ。
だが、その叫びも空しく
皆が手を伸ばし、指を掴もうとしたとき
チリン
鈴の音がした。
皆の動きが止まる。
少女も百代も、鈴の音のしたほうを見る。
赤い夕焼けを背にして
一つの小さな影が立っていた。
124 名前:この指、とまれ・6[sage] 投稿日:2009/09/21(月) 23:55:37 ID:ep7akMpb0
「……無理やり一緒に遊ばせても、それで友達とは言えまいよ」
チリン
鈴の音をさせながら、人影が近づいてくる。
いわゆる巫女の衣装。銀色の短い髪。
身の丈は百代たちとそう変わらないが、子供ではないようだ。
手にした扇子につけられた鈴が、歩くたびにチリン、と鳴った。
「だって……!ずっと一人だったんだもん!寂しかったんだもん!
もっと遊んだっていいはずだわ!もっと一緒にいてくれていいはずだわ!」
「寂しいのなら、家に帰ればよかろう」
「……わかんないの……おウチが……皆がどこだか、わかんない……」
「家は、川の向こうであろう?ほれ、見てみるがよい」
チリン、と音をたてて扇子が指した向こう岸に、3つの人影があった。
「……ああ!ああ!父ちゃん!母ちゃん!兄ちゃんも!」
もう薄暗くて見えるはずもないのに
「手を振っておるぞ。早く帰っておいで、とな」
確かに、手を振っているのがわかる。
「でも……でも!どうやって帰ったらいいのか、わかんない!
何時の間にかここにいたから、帰り道がわかんない!」
「なに……橋を渡っていけばいい」
125 名前:この指、とまれ・7[sage] 投稿日:2009/09/21(月) 23:59:41 ID:ep7akMpb0
ここに橋なんてない。
その場の皆がそう思ったとき
巫女がゆっくりと動き出す。
百代には、すぐにそれが「舞い」だとわかった。
そしてそのすぐそばに、淡い光が集まり始める。
「我が送ってやろう……向こうへ、な」
集まった光が、舞いに合わせるように、向こう岸へと、長く長く伸びていく。
それは光のかけ橋だった。
「う……わあ……」「キレイ……」
皆が思わず見とれていた。
「これで……向こうに……」
「ああ、これこれ……
こんなに真っ黒では、父親も母親も、お前と見分けがつくまいぞ、ほれ」
舞い踊りながら、巫女が少女に近づいて
扇子の先で、つい、となでる。
チリン
鈴の音とともに、元の少女の姿になっていた。
「これでよし。女の子は、キレイにしておらねばな。
さあ、行くがよい」
「……うん!」
126 名前:この指、とまれ・8[sage] 投稿日:2009/09/22(火) 00:03:44 ID:jVSr/ULC0
勢いこんだ少女が、橋を渡りはじめるそのとき
巫女がその背中に声をかける。
「友達に、『さようなら』は言わなくてもよいのか?」
「あ……」
その場でクルリと振りかえる。
もう金縛りがとけた皆が、光の橋のたもとに揃っていた。
「あの……ヒドイことして、ごめんなさい」
「いいさ。寂しかったんだろ」
「あの……アタシ、向こうに行くから……もう会えないかもしれないけど……」
「……会えなくなっても、友達だろ」
「!うんっ!じゃあ、さよならっ!」
「おう、じゃあな!」「た……楽しかったぞ!」「じゃーねー!元気でねー!」
少女が橋の上を走りだす。
見る間に小さくなっていくその姿が
いつしか小さな光の点になって
やがて向こう岸についたころ
ふっとかき消すように見えなくなった。
巫女の動きが止まった。
向こう岸を見つめながら、ぽつりとつぶやく。
「……昔、大きな戦争があったときのことであろうな」
127 名前:この指、とまれ・9[sage] 投稿日:2009/09/22(火) 00:07:49 ID:jVSr/ULC0
その言葉に、大和は気づく。
「そうか……!今日は、3月10日……だから、あんな黒焦げで……」
「ほう、知っておったか。よく勉強しているのだな」
「え……今日が3月10日だから、何なの?」
「……今日は、東京大空襲のあった日なんだよ」
「あ……」「アタシ、ばあちゃんに聞いたことある……」
「うむ。もう60年ほど前のことだ。
この街には爆弾は落ちなかったが、川の向こう、東京は火の海だったという。
炎に巻かれ、失われた命は数知れず、その亡骸は川から海にあふれたそうな。
波に運ばれ、上げ潮に乗って、このあたりにも亡骸が流れついたときく」
「じゃあ……アイツ……」
「誰知れずここに流れつき、そのまま埋もれてしまった亡骸の一つだったのやもしれぬな」
「かわいそう……」「もっと……遊んでやればよかったかな」
「なあ巫女さん……俺たち、アイツに何かしてやれないかな」
「あの子と遊んでやったのであろう?それで充分。
我が家族の元へ送ったのであるから、もうお前たちが心配することはない。
それより、もう日も暮れた。お前たちも、家に帰るがよかろう」
と、土手の斜面を人影が降りてくる。髪の長い、すらりとした大人の女性だった。
「終わりましたか、姉さん」
128 名前:この指、とまれ・10[sage] 投稿日:2009/09/22(火) 00:11:51 ID:jVSr/ULC0
降りてきた女性に巫女が答える。
「うむ、待たせたな、かなめ……何とか……間に合ったよう、だ……」
答えながら、突然、巫女の体がグラリと揺らいだ。
「姉さん!?」
あっという間にかけ寄って、その肩を支えた百代が驚く。
先ほど舞いを舞っていたときには
あふれるほどに気力に満ちていたのに
今は気を失いかけないほどに消耗していた。
「はは……少し、張りきりすぎたようであるな……
よ、と……もう、大丈夫であるぞ。
なに、こんなのは、いつものことよ……だから、気に病むことはないぞ。
さあ、我らも帰ろうか、かなめ」
「本当に、大丈夫なんですか……?どこかで休んでいかれては」
「なに、家に帰って、皆の顔を見るのが何よりの薬というものよ。
……そうそう、何かできることはないか、と言ったな?」
「え?……うん……何かできるなら、してやりたい」
「ではな、『命を大切にする』、これを心がけるとよいぞ」
「それは大事なことだとは思うけど……なんで?」
「それは、いつかわかる……いつか、それが花開き、実を結ぶ……
そしてそれが、あの娘への供養となるであろう……」
129 名前:この指、とまれ・11[sage] 投稿日:2009/09/22(火) 00:15:02 ID:jVSr/ULC0
「……というお話だったのさ」
秘密基地での話が終わると、皆がため息をついた。
体験していたメンバーは思いだしながら。
初めて聞いたメンバーは驚きながら。
「はぁ~……何か、悲しいお話ですね……」
「……というわけで、別に幽霊が怖いわけじゃないが
何もできなかったのが悔しくてな。まあ、苦手ってヤツだ」
「ところで、自分は一つ気になったのだが」
「ん?何がだ、クリス?」
「女の子の名前は、『ラン』と言ったな?」
「ああ、そう言ってた」
「それで……その後、キャップたちはリュウゼツ『ラン』を見つけたわけか?」
「ん……確かに、そうだが……それは偶然の一致とかじゃないか?」
「あの……リュウゼツランが花開くのは、何十年もたってから、なんですよね?
逆に言えば、キャップさんたちが守ったリュウゼツランは
ちょうど戦争のころに生まれたという可能性が……」
「けど、子供を植えかえるんで掘り起こしたときには……何もなかったぜ?」
やがてキャップが口を開く。
「ちょっと見てくるか、リュウゼツラン」
130 名前:この指、とまれ・12[sage] 投稿日:2009/09/22(火) 00:18:07 ID:jVSr/ULC0
「……これが、そうなのかなぁ?」
リュウゼツランを囲んで、首を傾げる。
「巫女さん、言ってたよね、命を大事にしろって。
その言葉が頭に残ってて、それでこれを守ったのかな、僕たち」
「さあ、どうだろな……」
と、キャップがまだ小さなリュウゼツランの
芽の先っぽの部分をそっと指でつまんだ。
「何してんだ?」
「アイツ、言ったろ?『缶蹴りするもの、この指とまれ』ってさ。
……あのとき、とまってやらなかったからな」
皆が顔を見合わせ、そして一つ、また一つと手が重ねられていく。
「よーし、じゃあ缶蹴り始めるぞ!」
「ええ!?もう外暗いよキャップ!?」
「いーじゃねーか!……あのときも、今ぐらいの時間だったぜ?」
「しょうがねーなキャップは……」
皆が原っぱ目指して走っていく。あの日の、子供だったときと同じように
「……よーし、次だ!『かーくれんぼすーるもーのこーのゆーびとーまれ!』」
あの日と同じように、掲げた指に重なる手のひらがあった……
131 名前:名無しさん@初回限定[sage] 投稿日:2009/09/22(火) 00:21:34 ID:jVSr/ULC0
終わり。
ゲームではあまり生かされなかった百姉の苦手設定から。
1の「3月14日」は「10日」の間違い。
ホワイトデーだろそれは……