夢の行方

57 名前:夢の行方・1[sage] 投稿日:2009/09/19(土) 00:40:01 ID:LP7m4gtp0
秘密基地。
姉さんと二人きりなので、ベタベタしてくるかと思いきや
今日はちょっと姉さんのテンションが低い。
ときどきため息とかついてるし……

「どうしたの姉さん。何か考えごと?」

「ん……いや、別に何でもない」

「彼氏の俺に隠し事はなしだぜ?」

「フッ……そうだな、悪かった。
 実は……ワン子のことで、ちょっとな」

「ワン子に何かあったの?」

「……ワン子が川神院の師範代を目指してるのは、知ってるだろ」

「そりゃ、いつも口にしてるしね」

「ワン子は、ずっと厳しい鍛錬を続けてきた。
 驚くほど強くなったよ。武道家として、それなりのレベルには達したと思う。
 このまま鍛錬していけば、さらに強くなるだろう」

「いいことじゃん」

姉さんの顔が、悲しげにゆがみ
吐き出すように、こう言った。

「でもな……それでも、川神院の師範代になるには……及ばないんだ」

「え?」
58 名前:夢の行方・2[sage] 投稿日:2009/09/19(土) 00:43:07 ID:LP7m4gtp0
「はっきり言って、そこまでの才能はワン子にはない。
 ずっと見てきて、それはもうわかってるんだ……」

「でも、あんなに……あんなにずっと頑張ってきたのに!?」

「努力だけでは、届かない高さもあるんだ……
 そのことをそれとなく知らせようと、私やジジイやルー師範代が
 ときどき技を見せたりするんだ。ワン子では、たどりつけない高みってヤツをな。
 でも……それでもワン子は、諦めない……諦めてくれないんだ……」

「そんな……!」

抗議しようとして、気づく。
あの姉さんが、今にも泣き出しそうだった。

「ダメだな、私も……ハッキリ言うべきところを、ズルズル引き伸ばしてしまった。
 ……ジジイやルー師範代と話し合ったんだけどな
 今度、私とワン子で真剣勝負をして、そのうえで、申し渡すことになった。
 それがちょっと、気が重くて、な」

「そっか……」

「……あはは、ごめんなー、湿っぽくなっちゃって」

「ううん、いいよ……その、俺に何かできることない?」

「うーん……私との勝負が終わって、ワン子が落ち込んでたら
 その、それとなくでいいから、慰めてやってくれ」

「うん、わかった……そのときには、姉さんのほうも、ね」

「……ああ……そのときには、甘えさせてもらうさ……」
59 名前:夢の行方・3[sage] 投稿日:2009/09/19(土) 00:46:17 ID:LP7m4gtp0
その夜。布団の中で考える。
ワン子が目指している川神院師範代の座が、はるかな高みであるように
俺が目指している「国を動かす立場」も、きっとはるかな高みだろう。

でも、どれくらいなんだろう。

ワン子は姉さんやルー先生の技を見て
その高さを、自分との差を見てもなお
そこに登りつめることを諦めないという。

いや、その高みを見たからこそ
憧れるのかもしれない。
ただ己の可能性を信じて、頑張れるのかもしれない。

でも俺は、目指すものがどれくらいの高みにあるのか
見えていない。見当もつかない。
そもそも、周りにそんなもの見せてくれる人がいない。

マスコミがもたらす情報なんかじゃなく
実際にこの目で、俺の目指す場所を見ることが出来れば
また覚悟の程も違ってくるんだろうが……

翌日。
俺はある決心をして2-Sの教室の前にいた。

「ん?なんだ直江、この辺ウロウロしてると
 またウチの連中に絡まれるぞ。それとも、何か用か?」

「ああ井上、悪いんだけど……九鬼英雄を呼んでくれないか?」

「英雄を?……何か、マジな話っぽいな。
 いいぜ、ちょっと待ってな」
60 名前:夢の行方・4[sage] 投稿日:2009/09/19(土) 00:49:21 ID:LP7m4gtp0
「フハハハハ、庶民の分際で我を呼び出すとは、図々しいヤツ!
 だが我は寛大なので許す、用件を言え、直江大和」

「実は、折り入って頼みがある。
 九鬼英雄、お前の一日の仕事振りを見学させてもらえないか?」

そう。俺と同い年でありながら、九鬼財閥の嫡男として
すでに日本はおろか、世界を相手に活動している英雄なら
俺の目指すものと同じではないにしても
近い世界を見せてくれる、そう考えたのだ。

「ほう……本来であれば、そのような願い、聞き入れてやる義理はないが
 理由はなんだ?それによってはきいてやらんでもない」

「実は……俺には夢があるんだ」

「ふむ?」

こっちが勝手にお願いしてるわけだし
ワン子のことは伏せておくにしても
自分の事情は正直に話しておこう。

「……というわけなんだ」

「宰相を目指すとはな。庶民の分際で、大きく出たものよ……
 俗に、3バンと言ってな。選挙では地盤・看板・鞄、この3つが必要と言われている。
 直江大和、お前はそのうちの一つでも持っているか?」

「はっきり言って、一つもない。だが、そんなことの不利は覚悟の上だ」」

そんなことで諦めていたら、姉さんやワン子に申し訳ない。
そして誰より、あの日、夢を追いかけると誓った俺に申し訳が立たないじゃないか。
61 名前:夢の行方・5[sage] 投稿日:2009/09/19(土) 00:52:24 ID:LP7m4gtp0
「……目を見るに、決意は固いようだな」

「ああ、マジだ。
 ……まあ、そっちからすれば笑っちゃうような話なんだろうけど」

「いや、笑わぬぞ。
 途中で尻尾を巻いて逃げ帰るようであれば、笑いものにしてやるが
 真剣に夢をかなえようと力を尽くすものを、なんで笑おう」

そうか……そういえば、コイツがワン子に惚れたのも
あのひたむきに努力する姿に魅せられたんだっけ。

「よかろう!貴様の頼み、聞き入れてやる。
 次の土曜日、朝6時!学院の前で待っておれ!あずみ!」

「はい、英雄様!」

「こやつが供をできるよう、取りはからってやれ」

「了解しました!」

「ありがとう、九鬼。この礼はいずれ……」

「なに、貴様の心意気に、感じるものがあったまで。
 礼を言うなら、多少なりとも夢をかなえてからにせよ。では、さらばだ!」

「くれぐれも、英雄様に迷惑をかけぬよう、お願いしますねっ!
 ……そういうときは、こっそり処分すっからな」

九鬼英雄はメイドを従えて、颯爽と教室に戻っていった。
思っていたより、いいやつかもしれない。
よし、土曜日の朝6時か。
62 名前:夢の行方・6[sage] 投稿日:2009/09/19(土) 00:55:33 ID:LP7m4gtp0
「ほう、来ておったか」

土曜日、川神学院前。
朝の5時半に九鬼英雄はやってきた。

「6時と言われ、のこのこと6時に来ても、置いていったところだ」

ちなみに、俺は5時から待機している。
無論、時間は無駄にできないので、待機しながら勉強もしていた。

「まず心構えは合格というところですね。
 それでは、こちらに着替えてくださいっ」

「これは……執事服ってやつ?」

「うむ、九鬼家従者の制服だ。今日だけ貸与してやろう。それを着て同行せよ」

「本来、その服を着るだけでも大変な名誉なんですよ、感謝してくださいね!
 それと……これが英雄様の本日のスケジュールです。
 今のうちにしっかり覚えてください!」

着替えながらスケジュールに目を通す。
すげえ……分刻みでびっしりだ。
書いてある予定も、各界の有名人や実力者との面会やら
九鬼財閥の色々な部門での会議やらで
とても同い年とは思えない。

「着替えたか……では、参るぞ!」

「まずは七浜で、久遠寺家主催の朝食会にご出席です!」

「うむ!フハハハハハ、遅れるなよ、直江!」
63 名前:夢の行方・7[sage] 投稿日:2009/09/19(土) 00:58:44 ID:LP7m4gtp0
夜、11時。
九鬼英雄は今日の全ての予定を終え、再び川神学院前に戻ってきていた。

「さて、直江大和よ……我の仕事振りはどうであった?」

「正直、圧倒された……本当にすごいな、トップの仕事って」

ほんの一日、垣間見た世界は
まるで映画やテレビの中のような、高くて遠い場所だった。

「我とてもまだ修行中の身よ。まだまだ精進を積まねばならぬがな。
 だが、貴様はどうだ?
 今の貴様が、我のいる場所まで這い上がってこられるか?」

「今は、無理だ」

「では、諦めるか?分相応な仕事を見つけ、平凡に暮らすのが庶民には相応しいぞ?」

「いや……諦めるどころか、逆にやる気が出た!」

「フ……フハハハハハハ!ならば、せいぜい足掻いてみることだな。
 貴様ならば、ひょっとしたら、何がしかモノになるかもしれん」

「ああ、やってみるさ。まずは3年になるとき、S組にチャレンジするつもりだ」

「ほう。いいだろう、今の貴様なら、歓迎しよう!楽しみにしているぞ!」

なぜか嬉しそうな英雄の背中を見送って、俺も寮に戻る。

「……お帰り、大和」

その帰り道に、姉さんが立っていた。
64 名前:夢の行方・8[sage] 投稿日:2009/09/19(土) 01:03:41 ID:LP7m4gtp0
「九鬼英雄の仕事ぶり、見にいってたんだって?」

「うん。トップの世界がどんなものなのか、知っておきたくて」

「そっか。自分には無理だって、思ったか?
 それとも、これならいける、とか思ったか?」

「今は無理だから、頑張らなきゃ、って思った。
 頑張って届くのかはわからないけれど
 頑張らなければ絶対に届かない。だから、これからも頑張るよ、姉さん」

確かに、今はとても届かない、はるかな高みだった。
でも、だからこそ登ってみたいという気持ちが強い。

「うん……いい目になって、帰ってきたな」

姉さんが、どこかスッキリした顔になった。

「私も、もう迷わないことにした。
 ワン子が全力で向かってくるのなら、それに応えるまでだ。
 たとえ、それでワン子の心が折れても……」

「折れないさ。ワン子も、俺も。
 たとえ夢に届かなくても、折れたりはしない」

「そうか……そうだな。
 きっと私は、お前やワン子のそういうところが、好きなんだな」

そう言って、姉さんがぎゅ、と俺を抱きしめた。
今は一歩一歩でいい。途中で転んでもいい。
ただ登っていこう、頂点を目指して。
それが姉さんと俺との約束だから……
65 名前:名無しさん@初回限定[sage] 投稿日:2009/09/19(土) 01:04:39 ID:LP7m4gtp0
おしまい。時系列的には百代アフター。エロ無しでスンマセン。