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***一つの恋がかなうとき #pre{{ 475 名前:名無しさん@初回限定[sage] 投稿日:2009/10/16(金) 00:40:00 ID:Ly7XlHBK0 ではあずみで一本投下。 }} #pre{{ 476 名前:一つの恋がかなうとき・1[sage] 投稿日:2009/10/16(金) 00:43:00 ID:Ly7XlHBK0 「はーい、そこの庶民の方、道をあけてくださーい!」 学院からの帰り道。 ガラガラと騒々しい音を立てて、九鬼英雄の人力車が近づいてくる。 授業が終われば財閥の仕事か。いつものことながら、お忙しいことだ。 が、いつものように猛スピードで通りすぎるかと思いきや 何故か5メートルほど手前で急停止。 「……曲者ッ!」 「……え?」 振り向いた俺に、おつきのメイド、忍足あずみが 自慢のニ刀を抜いて飛びかかってくる……!? 理由もわからず、身動き一つできない俺。 その目の前の草むらから、もう一つ、影が踊り出た。 ギィン!ガキン! 金属音とともに、二つの影が空中で激突した。 一つの影が俺の横に降り立つ。あずみだった。 「邪魔だ、どいてろボケ!」 言うが早いか、再び飛びかかってくる影を迎え撃つ。 見れば、袖口から赤いものが流れ落ちていた。 「おい!血……!血ぃ出てんぞ!」 だが、あずみはひるむこともなく、襲撃者をなんとか防いでいた。 }} #pre{{ 477 名前:一つの恋がかなうとき・2[sage] 投稿日:2009/10/16(金) 00:47:02 ID:Ly7XlHBK0 「……ということがあってさ。いやー、驚いたのなんの」 秘密基地で、さっきの出来事を姉さんに話す。 「まあ、結局あずみが防戦してる間に、他の従者たちが駆けつけたんで 刺客は逃げちゃったけどね。しかし刺客とは穏やかじゃないなぁ」 「危ないところだったな……あのメイドに、借りができたか」 「?狙われたのは、九鬼英雄でしょ?」 「もし護衛のメイドがやられれば、九鬼を始末したあと 目撃者のお前も殺されていただろう」 「!……確かに、その通りだね。 メイド、けっこう重症っぽかったなぁ。 俺が邪魔で、思うように戦えなかったんだとしたら……」 思いだしてみると、メイドは九鬼だけでなく 俺も守るように立ちまわっていたような気もする。 「気にするな。様々な状況に即座に対応して対象を守る。それが、護衛というものだ。 とはいえ、結果的にお前も助けられたわけだし 見舞いに行くぐらいはしておけよ」 「そうだね。明日、九鬼に入院先とか聞いてみるよ」 「私はジジイに報告してくる。学院の生徒が狙われてるとなると 場合によってはウチの沽券にも関わるからな。 メイドがそんな状態なら、川神院が護衛をしてやらないとならんかもしれん」 「川神院が護衛につくなら安心だね。最強の護衛だ」 }} #pre{{ 478 名前:一つの恋がかなうとき・3[sage] 投稿日:2009/10/16(金) 00:50:00 ID:Ly7XlHBK0 だが、翌朝、最強の護衛を見ることはなかった。 「おはようございまっす!」 通学路で、忍足あずみがいつものように ガラガラと九鬼の乗った人力車を引いていた。 「お、おい!昨日の怪我は大丈夫なのか!?」 走りつづける人力車に話しかけるため、俺も仕方なく走る。 「……大丈夫なわけがなかろう。 直江、お前からもあずみに言ってやってくれ。無理はするな、と」 車上の九鬼も困り顔だった。 「大丈夫です、英雄様!九鬼家の医療技術は最新にして最高水準! あの程度の負傷は、一晩で回復いたします!」 「嘘つけ!普段だったら、俺が追いつけないようなスピードで走ってるだろうが!」 それに、見るからに顔色が悪い。 「これは再度の襲撃を警戒しているために速度を落としてるだけで ご心配には及びませんっ!」 「やはり、言わねばならんか……あずみ、車を止めよ!」 「かしこまりました、英雄様!」 人力車から九鬼英雄が降りて、あずみの前に立った。 }} #pre{{ 479 名前:一つの恋がかなうとき・4[sage] 投稿日:2009/10/16(金) 00:53:02 ID:Ly7XlHBK0 「あずみ。今のお前では、護衛の任務は無理だ」 「!……そ、そんなことは!」 「再度、あの刺客が襲ってくる可能性も高い。 あのときでさえ手傷を負わされたうえ、今その状態では もはやあの刺客は防ぎきれまい。今、トレイシーと李を呼ぶ。 お前は帰って、養生するがよい」 「わ、私はまだ!」 「これは命令だ!……我の、命令だ。よいな?」 やがて音もなく現れた新しい従者二人とともに 九鬼英雄は学院へと向かった。 うつむいてその場に立ち尽くすあずみに、何と声をかけてやればいいかわからずに 俺もまたその場に立ち尽くしていた。 「……おい。授業に遅れる。お前もさっさと行った方がいいぞ」 あずみがうつむいたままボソボソと喋る。 「あー……もうこんな時間じゃ、どうせ遅刻だ。 ちゃんと帰れるように、俺がついててやるよ」 「余計なお世話だ。一人で帰れる」 「んなこと言って、どうせ学院まで英雄を追いかける気だろ。 英雄に言われたこと、ちゃんと守るか見張ってないとな」 「チッ……お節介なヤローだ、まったく」 }} #pre{{ 480 名前:一つの恋がかなうとき・5[sage] 投稿日:2009/10/16(金) 00:56:02 ID:Ly7XlHBK0 フラフラと逆方向に歩き出すあずみについて 俺もその後ろを歩き出す。 「なあ、ホント大丈夫か?肩貸そうか?」 「いいって言ってんだろ……」 緊張の糸が切れてしまったのか、あずみの容態がさらに悪くなっている気がする。 「……なんでそこまでできるんだよ」 「……あ?」 「いかに主人のためとはいえ、傷を負い その怪我をおしてまでさらに仕えようとする。普通じゃねえよ、こんなの」 「お前からすりゃ、そうかもな……」 「……英雄のこと、好きなのか?」 「ハ!……お前ら、すぐ……そういう考えになるな…… 好き、というのとはちょっと、違う……主君に忠誠を誓う……ってヤツさ」 だんだんと、足取りがおぼつかなくなってくる。喋るのも辛そうだ。 「そうか。でも、このままじゃ忠誠も尽くせないぞ。タクシーを呼ぶ。いいな?」 「勝手に……しろ……」 そう言った途端、あずみがフラッと倒れそうになる。 慌てて支えたその体は、驚くほどに軽かった。 }} #pre{{ 481 名前:一つの恋がかなうとき・6[sage] 投稿日:2009/10/16(金) 00:59:09 ID:Ly7XlHBK0 「ん……」 「あー、目ぇ覚めたか」 「?……なお、え……」 「ああ、直江大和だ。悪いな、お前運ぶついでで、上がらせてもらってるぞ」 俺は九鬼家屋敷内の、あずみの部屋まで上がりこんでいた。 「え……?あ、ちょ、お前勝手に……痛ッ!?」 「こら、動くな。ドクターが言ってたぞ、勝手に動き回ったから傷が炎症起こしてるとさ。 2~3日は、絶対安静にしてろって」 「……どうやって、ここまで上がりこんだ?部外者が簡単に入りこめる所じゃない」 「門のところで事情を説明してたら、英雄の姉さんって人が来てな。 こころよく迎えいれてくれたよ。お前のことも、ヨロシク頼むってさ」 「揚羽様も、甘いというか…… で、何もしてないだろうな、アタイの部屋で!?」 「いや、何も。見るだけで充分お前のことが理解できるし」 そう言って見まわす部屋の中は 九鬼英雄の写真が所狭しと貼られていた。 「言うなよ!誰にも言うなよ!英雄様にもだ、いいな!?」 「はいはい、わかってます……やっぱ好きなんじゃん、英雄のこと」 }} #pre{{ 483 名前:一つの恋がかなうとき・7[sage] 投稿日:2009/10/16(金) 01:03:41 ID:Ly7XlHBK0 あずみは、一瞬顔を真っ赤にしたが、すぐに元の顔色に戻った。 「だから、忠誠心と恋愛感情は違うんだよ……」 「お前にその気があるんなら、応援するぞ。 こんなに頑張ってるのに報われないんじゃ……」 「もう、報われてるんだよ、アタイは。 英雄様のお役に立てれば、それだけで充分幸せなのさ。 ……もっとも、今のアタイは、役立たずだけどな」 「一方通行、か。そういう愛情のあり方って、わかんねえな俺には」 「愛、か……確かにアタイは、主としての英雄様を愛してるのかもな」 「……でも、お前は女で、英雄は男なんだぜ?」 「シツコイなお前も…… まあ、そういう夢を全然見ないってわけでもない。 それこそ、アタイだって女だしな。でも……それは、やっぱり夢だ。 それも、かなえちゃいけない夢さ」 身分の違いとか、あずみの過去とか、年齢差とか、そういうことだろうか。 それぐらいは、何とか出来そうな気もする。いや、何とかしてやりたい。 「英雄様の夢は、デカイ。デカイだけに、苦労も並みたいていじゃない。 その足をちょっとでも引っ張るような真似は、死んでもできない。 だから、アタイの夢は夢のままでいい……夢でいいのさ」 かなわない、と諦めるのではなく かなえてはいけないと戒める。 そんな悲しい夢を口にして、忍足あずみは微笑んだ。 }} #pre{{ 484 名前:一つの恋がかなうとき・8[sage] 投稿日:2009/10/16(金) 01:06:43 ID:Ly7XlHBK0 「はぁ……喋りすぎた。ドクターに変なクスリでも盛られたかな? アタイは寝る。お前も、もう帰りな」 「そっか。じゃ、俺はこれで。お大事に、な」 目を閉じたあずみをベッドに残し、部屋のドアに向かう。 「なあ……直江」 部屋を出るところで、あずみに呼びとめられた。 「ありがと、な」 「は?」 忍足あずみが、俺に礼を言う? 驚いてベッドに振りかえるが あずみは布団をひっかぶってしまって顔を見せない。 この照れ屋さんめ。 「……英雄の夢がかなったら、それからお前の夢をかなえよう。 それなら、いいだろ?」 布団の山が、物言わぬままピクリと動く。 「それまでは、地道にイメージアップでもしてようぜ。じゃな!」 もぞもぞと動く布団の山を残して、俺は部屋を後にした。 (……そんなヒマあんなら、テメエの彼女でも作ってろっつーの。 まったく……おかしなヤローだ……直江大和、か……) }} #pre{{ 485 名前:一つの恋がかなうとき・9[sage] 投稿日:2009/10/16(金) 01:09:43 ID:Ly7XlHBK0 たった数日休んだだけで、あずみは復帰してきた。 「おはようございまっす!」 「ホントに治ったのかよ……」 「うむ、ドクターに我も確認をとったが、もう問題ないそうだ。 でなければ、休ませておくのだがな」 では、イメージアップ作戦、開始。 「そっかー。いやー、さすが忍足だなー。並みの人間とは出来が違うわ」 「フハハハハ、我の配下なれば、当然よ!」 「いやいや、これほどの人はそうはいないよ。英雄がウラヤマシイなー」 と、あずみがチョイチョイと袖を引っ張る。 (なあ……その、あんまりアピールされても、その……照れる) (いいじゃん、実際、あずみがそばにずっといてくれるなんてうらやましいし) (!バ、バカ言ってんじゃねえ!) (俺に照れてどうする。そういう顔は、英雄に見せとけ) (もういいから!放っとけっての!) やっぱり照れ屋なメイドさんだった。可愛いとこ、あるよな。 }} #pre{{ 486 名前:一つの恋がかなうとき・10[sage] 投稿日:2009/10/16(金) 01:12:44 ID:Ly7XlHBK0 そして帰り道。 「直江。なぜ我についてくる?」 俺は九鬼の人力車と並んで走っていた。走りでは無理なのでチャリだが。 「いや、病みあがりのメイドの働きぶりを見ておこうかと」 「英雄様、邪魔なので轢いてしまってもよろしいでしょうか?」 「車が汚れる。やめておけ」 ……大丈夫なようだ。 と、人力車が急停車。 「!」 反射的に、チャリをUターンさせて人力車から離れる。 その背中から 「曲者ッ!」 あずみの声が響く。 やっぱり刺客は諦めてはいなかったようだ。 再び襲ってくるのは想定内だったので 俺も機敏に対応することができた。 といっても、邪魔にならないよう遠ざかっただけだが 前回、俺が邪魔で思うように戦えなかったのだとしたら これで少しはあずみが有利になるはず……! 振りかえれば、今まさに、跳躍した二つの影が激突するところだった。 }} #pre{{ 487 名前:一つの恋がかなうとき・11[sage] 投稿日:2009/10/16(金) 01:15:59 ID:Ly7XlHBK0 ギィン!ガキン!ガッ! 金属音が響く。 一つの影が地に叩き落とされた。 そして黒ずくめの人物が、地面に横たわっている。 キレイに着地して、すっくと立ちあがるメイド服。 「うむ!見事だ、あずみ!」 やはり前回の不覚は、俺のせいだったのか。 「ありがとうございます、英雄様!!」 満面に笑みを浮かべるあずみ。 その笑顔は、惚れぼれするほどに輝いて…… ダメだ。 俺は、あずみの恋路を応援しようとしてたんじゃないか。 俺が彼女に惹かれてどうする。静まれよ、俺の胸。 「どうですか、直江さん! 貴方が見張ってなくても、私、英雄様のお役に立ってますよ!」 「やったな、メイド。その調子で頑張れよ」 裏方の、さらに裏方だっていい。 あの、晴れやかな笑顔が見られるのなら。 かなえてはいけない恋だってある。それが、今はわかる。あずみが、そう教えてくれたから。 }} #pre{{ 488 名前:名無しさん@初回限定[sage] 投稿日:2009/10/16(金) 01:19:46 ID:Ly7XlHBK0 終わり。 ッ後日談として、英雄の護衛をしようとメイド服まで用意した百代姉さんが 着る機会がなくなって大和に八つ当たりしたとかそんな話もあったりなかったり。 }}
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***一つの恋がかなうとき #pre{{ 475 名前:名無しさん@初回限定[sage] 投稿日:2009/10/16(金) 00:40:00 ID:Ly7XlHBK0 ではあずみで一本投下。 }} #pre{{ 476 名前:一つの恋がかなうとき・1[sage] 投稿日:2009/10/16(金) 00:43:00 ID:Ly7XlHBK0 「はーい、そこの庶民の方、道をあけてくださーい!」 学院からの帰り道。 ガラガラと騒々しい音を立てて、九鬼英雄の人力車が近づいてくる。 授業が終われば財閥の仕事か。いつものことながら、お忙しいことだ。 が、いつものように猛スピードで通りすぎるかと思いきや 何故か5メートルほど手前で急停止。 「……曲者ッ!」 「……え?」 振り向いた俺に、おつきのメイド、忍足あずみが 自慢のニ刀を抜いて飛びかかってくる……!? 理由もわからず、身動き一つできない俺。 その目の前の草むらから、もう一つ、影が踊り出た。 ギィン!ガキン! 金属音とともに、二つの影が空中で激突した。 一つの影が俺の横に降り立つ。あずみだった。 「邪魔だ、どいてろボケ!」 言うが早いか、再び飛びかかってくる影を迎え撃つ。 見れば、袖口から赤いものが流れ落ちていた。 「おい!血……!血ぃ出てんぞ!」 だが、あずみはひるむこともなく、襲撃者をなんとか防いでいた。 }} #pre{{ 477 名前:一つの恋がかなうとき・2[sage] 投稿日:2009/10/16(金) 00:47:02 ID:Ly7XlHBK0 「……ということがあってさ。いやー、驚いたのなんの」 秘密基地で、さっきの出来事を姉さんに話す。 「まあ、結局あずみが防戦してる間に、他の従者たちが駆けつけたんで 刺客は逃げちゃったけどね。しかし刺客とは穏やかじゃないなぁ」 「危ないところだったな……あのメイドに、借りができたか」 「?狙われたのは、九鬼英雄でしょ?」 「もし護衛のメイドがやられれば、九鬼を始末したあと 目撃者のお前も殺されていただろう」 「!……確かに、その通りだね。 メイド、けっこう重症っぽかったなぁ。 俺が邪魔で、思うように戦えなかったんだとしたら……」 思いだしてみると、メイドは九鬼だけでなく 俺も守るように立ちまわっていたような気もする。 「気にするな。様々な状況に即座に対応して対象を守る。それが、護衛というものだ。 とはいえ、結果的にお前も助けられたわけだし 見舞いに行くぐらいはしておけよ」 「そうだね。明日、九鬼に入院先とか聞いてみるよ」 「私はジジイに報告してくる。学院の生徒が狙われてるとなると 場合によってはウチの沽券にも関わるからな。 メイドがそんな状態なら、川神院が護衛をしてやらないとならんかもしれん」 「川神院が護衛につくなら安心だね。最強の護衛だ」 }} #pre{{ 478 名前:一つの恋がかなうとき・3[sage] 投稿日:2009/10/16(金) 00:50:00 ID:Ly7XlHBK0 だが、翌朝、最強の護衛を見ることはなかった。 「おはようございまっす!」 通学路で、忍足あずみがいつものように ガラガラと九鬼の乗った人力車を引いていた。 「お、おい!昨日の怪我は大丈夫なのか!?」 走りつづける人力車に話しかけるため、俺も仕方なく走る。 「……大丈夫なわけがなかろう。 直江、お前からもあずみに言ってやってくれ。無理はするな、と」 車上の九鬼も困り顔だった。 「大丈夫です、英雄様!九鬼家の医療技術は最新にして最高水準! あの程度の負傷は、一晩で回復いたします!」 「嘘つけ!普段だったら、俺が追いつけないようなスピードで走ってるだろうが!」 それに、見るからに顔色が悪い。 「これは再度の襲撃を警戒しているために速度を落としてるだけで ご心配には及びませんっ!」 「やはり、言わねばならんか……あずみ、車を止めよ!」 「かしこまりました、英雄様!」 人力車から九鬼英雄が降りて、あずみの前に立った。 }} #pre{{ 479 名前:一つの恋がかなうとき・4[sage] 投稿日:2009/10/16(金) 00:53:02 ID:Ly7XlHBK0 「あずみ。今のお前では、護衛の任務は無理だ」 「!……そ、そんなことは!」 「再度、あの刺客が襲ってくる可能性も高い。 あのときでさえ手傷を負わされたうえ、今その状態では もはやあの刺客は防ぎきれまい。今、トレイシーと李を呼ぶ。 お前は帰って、養生するがよい」 「わ、私はまだ!」 「これは命令だ!……我の、命令だ。よいな?」 やがて音もなく現れた新しい従者二人とともに 九鬼英雄は学院へと向かった。 うつむいてその場に立ち尽くすあずみに、何と声をかけてやればいいかわからずに 俺もまたその場に立ち尽くしていた。 「……おい。授業に遅れる。お前もさっさと行った方がいいぞ」 あずみがうつむいたままボソボソと喋る。 「あー……もうこんな時間じゃ、どうせ遅刻だ。 ちゃんと帰れるように、俺がついててやるよ」 「余計なお世話だ。一人で帰れる」 「んなこと言って、どうせ学院まで英雄を追いかける気だろ。 英雄に言われたこと、ちゃんと守るか見張ってないとな」 「チッ……お節介なヤローだ、まったく」 }} #pre{{ 480 名前:一つの恋がかなうとき・5[sage] 投稿日:2009/10/16(金) 00:56:02 ID:Ly7XlHBK0 フラフラと逆方向に歩き出すあずみについて 俺もその後ろを歩き出す。 「なあ、ホント大丈夫か?肩貸そうか?」 「いいって言ってんだろ……」 緊張の糸が切れてしまったのか、あずみの容態がさらに悪くなっている気がする。 「……なんでそこまでできるんだよ」 「……あ?」 「いかに主人のためとはいえ、傷を負い その怪我をおしてまでさらに仕えようとする。普通じゃねえよ、こんなの」 「お前からすりゃ、そうかもな……」 「……英雄のこと、好きなのか?」 「ハ!……お前ら、すぐ……そういう考えになるな…… 好き、というのとはちょっと、違う……主君に忠誠を誓う……ってヤツさ」 だんだんと、足取りがおぼつかなくなってくる。喋るのも辛そうだ。 「そうか。でも、このままじゃ忠誠も尽くせないぞ。タクシーを呼ぶ。いいな?」 「勝手に……しろ……」 そう言った途端、あずみがフラッと倒れそうになる。 慌てて支えたその体は、驚くほどに軽かった。 }} #pre{{ 481 名前:一つの恋がかなうとき・6[sage] 投稿日:2009/10/16(金) 00:59:09 ID:Ly7XlHBK0 「ん……」 「あー、目ぇ覚めたか」 「?……なお、え……」 「ああ、直江大和だ。悪いな、お前運ぶついでで、上がらせてもらってるぞ」 俺は九鬼家屋敷内の、あずみの部屋まで上がりこんでいた。 「え……?あ、ちょ、お前勝手に……痛ッ!?」 「こら、動くな。ドクターが言ってたぞ、勝手に動き回ったから傷が炎症起こしてるとさ。 2~3日は、絶対安静にしてろって」 「……どうやって、ここまで上がりこんだ?部外者が簡単に入りこめる所じゃない」 「門のところで事情を説明してたら、英雄の姉さんって人が来てな。 こころよく迎えいれてくれたよ。お前のことも、ヨロシク頼むってさ」 「揚羽様も、甘いというか…… で、何もしてないだろうな、アタイの部屋で!?」 「いや、何も。見るだけで充分お前のことが理解できるし」 そう言って見まわす部屋の中は 九鬼英雄の写真が所狭しと貼られていた。 「言うなよ!誰にも言うなよ!英雄様にもだ、いいな!?」 「はいはい、わかってます……やっぱ好きなんじゃん、英雄のこと」 }} #pre{{ 483 名前:一つの恋がかなうとき・7[sage] 投稿日:2009/10/16(金) 01:03:41 ID:Ly7XlHBK0 あずみは、一瞬顔を真っ赤にしたが、すぐに元の顔色に戻った。 「だから、忠誠心と恋愛感情は違うんだよ……」 「お前にその気があるんなら、応援するぞ。 こんなに頑張ってるのに報われないんじゃ……」 「もう、報われてるんだよ、アタイは。 英雄様のお役に立てれば、それだけで充分幸せなのさ。 ……もっとも、今のアタイは、役立たずだけどな」 「一方通行、か。そういう愛情のあり方って、わかんねえな俺には」 「愛、か……確かにアタイは、主としての英雄様を愛してるのかもな」 「……でも、お前は女で、英雄は男なんだぜ?」 「シツコイなお前も…… まあ、そういう夢を全然見ないってわけでもない。 それこそ、アタイだって女だしな。でも……それは、やっぱり夢だ。 それも、かなえちゃいけない夢さ」 身分の違いとか、あずみの過去とか、年齢差とか、そういうことだろうか。 それぐらいは、何とか出来そうな気もする。いや、何とかしてやりたい。 「英雄様の夢は、デカイ。デカイだけに、苦労も並みたいていじゃない。 その足をちょっとでも引っ張るような真似は、死んでもできない。 だから、アタイの夢は夢のままでいい……夢でいいのさ」 かなわない、と諦めるのではなく かなえてはいけないと戒める。 そんな悲しい夢を口にして、忍足あずみは微笑んだ。 }} #pre{{ 484 名前:一つの恋がかなうとき・8[sage] 投稿日:2009/10/16(金) 01:06:43 ID:Ly7XlHBK0 「はぁ……喋りすぎた。ドクターに変なクスリでも盛られたかな? アタイは寝る。お前も、もう帰りな」 「そっか。じゃ、俺はこれで。お大事に、な」 目を閉じたあずみをベッドに残し、部屋のドアに向かう。 「なあ……直江」 部屋を出るところで、あずみに呼びとめられた。 「ありがと、な」 「は?」 忍足あずみが、俺に礼を言う? 驚いてベッドに振りかえるが あずみは布団をひっかぶってしまって顔を見せない。 この照れ屋さんめ。 「……英雄の夢がかなったら、それからお前の夢をかなえよう。 それなら、いいだろ?」 布団の山が、物言わぬままピクリと動く。 「それまでは、地道にイメージアップでもしてようぜ。じゃな!」 もぞもぞと動く布団の山を残して、俺は部屋を後にした。 (……そんなヒマあんなら、テメエの彼女でも作ってろっつーの。 まったく……おかしなヤローだ……直江大和、か……) }} #pre{{ 485 名前:一つの恋がかなうとき・9[sage] 投稿日:2009/10/16(金) 01:09:43 ID:Ly7XlHBK0 たった数日休んだだけで、あずみは復帰してきた。 「おはようございまっす!」 「ホントに治ったのかよ……」 「うむ、ドクターに我も確認をとったが、もう問題ないそうだ。 でなければ、休ませておくのだがな」 では、イメージアップ作戦、開始。 「そっかー。いやー、さすが忍足だなー。並みの人間とは出来が違うわ」 「フハハハハ、我の配下なれば、当然よ!」 「いやいや、これほどの人はそうはいないよ。英雄がウラヤマシイなー」 と、あずみがチョイチョイと袖を引っ張る。 (なあ……その、あんまりアピールされても、その……照れる) (いいじゃん、実際、あずみがそばにずっといてくれるなんてうらやましいし) (!バ、バカ言ってんじゃねえ!) (俺に照れてどうする。そういう顔は、英雄に見せとけ) (もういいから!放っとけっての!) やっぱり照れ屋なメイドさんだった。可愛いとこ、あるよな。 }} #pre{{ 486 名前:一つの恋がかなうとき・10[sage] 投稿日:2009/10/16(金) 01:12:44 ID:Ly7XlHBK0 そして帰り道。 「直江。なぜ我についてくる?」 俺は九鬼の人力車と並んで走っていた。走りでは無理なのでチャリだが。 「いや、病みあがりのメイドの働きぶりを見ておこうかと」 「英雄様、邪魔なので轢いてしまってもよろしいでしょうか?」 「車が汚れる。やめておけ」 ……大丈夫なようだ。 と、人力車が急停車。 「!」 反射的に、チャリをUターンさせて人力車から離れる。 その背中から 「曲者ッ!」 あずみの声が響く。 やっぱり刺客は諦めてはいなかったようだ。 再び襲ってくるのは想定内だったので 俺も機敏に対応することができた。 といっても、邪魔にならないよう遠ざかっただけだが 前回、俺が邪魔で思うように戦えなかったのだとしたら これで少しはあずみが有利になるはず……! 振りかえれば、今まさに、跳躍した二つの影が激突するところだった。 }} #pre{{ 487 名前:一つの恋がかなうとき・11[sage] 投稿日:2009/10/16(金) 01:15:59 ID:Ly7XlHBK0 ギィン!ガキン!ガッ! 金属音が響く。 一つの影が地に叩き落とされた。 そして黒ずくめの人物が、地面に横たわっている。 キレイに着地して、すっくと立ちあがるメイド服。 「うむ!見事だ、あずみ!」 やはり前回の不覚は、俺のせいだったのか。 「ありがとうございます、英雄様!!」 満面に笑みを浮かべるあずみ。 その笑顔は、惚れぼれするほどに輝いて…… ダメだ。 俺は、あずみの恋路を応援しようとしてたんじゃないか。 俺が彼女に惹かれてどうする。静まれよ、俺の胸。 「どうですか、直江さん! 貴方が見張ってなくても、私、英雄様のお役に立ってますよ!」 「やったな、メイド。その調子で頑張れよ」 裏方の、さらに裏方だっていい。 あの、晴れやかな笑顔が見られるのなら。 かなえてはいけない恋だってある。それが、今はわかる。あずみが、そう教えてくれたから。 }} #pre{{ 488 名前:名無しさん@初回限定[sage] 投稿日:2009/10/16(金) 01:19:46 ID:Ly7XlHBK0 終わり。 ッ後日談として、英雄の護衛をしようとメイド服まで用意した百代姉さんが 着る機会がなくなって大和に八つ当たりしたとかそんな話もあったりなかったり。 }}
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