***さよなら、ニッポン #pre{{ 181 名前:名無しさん@初回限定[sage] 投稿日:2010/03/28(日) 22:12:00 ID:mMA06I4v0 クリスで一本投下 }} #pre{{ 182 名前:さよなら、ニッポン・1[sage] 投稿日:2010/03/28(日) 22:15:01 ID:mMA06I4v0 夕食後。なんとなくTVを見ていたら クリスがリモコンを手にそわそわしていた。 「大和、チャンネル変えてもいいだろうか?」 「んー?ああ、別に見てないからいいぞ」 はて、何か見たいものでもあるのだろうか。 お茶でもいれるか、と立ちあがって 振りかえってみれば、食い入るようにTVの画面を見ては ため息をついたりしている。 「なんだ、見たい番組が放送が延期にでもなってたか?」 「いや、そうではないのだが」 そのわりにはなんだか残念そうだ。 「何見てたんだ?」 ひょい、とTVの画面を見れば、ニュースが終わるところだった。 「何かガッカリするようなニュースでもあったのか?」 「ん……まあ、な。だが、こればかりはしょうのないことだ。諦めよう」 「なんだよ、ハッキリ言えよ。少しは力になるぞ? その……もうすぐ、お別れなんだからさ」 「ああ、そうだな……でも、いいんだ。 気遣ってくれてありがとうな、大和」 }} #pre{{ 183 名前:さよなら、ニッポン・2[sage] 投稿日:2010/03/28(日) 22:18:02 ID:mMA06I4v0 クリスは1年の留学期間を終え、この3月の末にはドイツに帰国する。 何かと振りまわされたが、いなくなるとなると寂しいものだ。 「……帰国、28日だっけ?」 「ああ。金曜集会も、次が最後になるな…… ちゃんと、皆集まれるのだろうか?」 クリスが心配そうな顔になる。無理もない。 今、風間ファミリーはほとんどのメンバーが 実家に帰ったり山ごもりしてたり旅行していたりで 川神にいるのは俺とクリスだけなのだ。 「まあ、金曜までには戻るだろ。心配すんな」 「そうだな……私は、部屋に戻る。チャンネル、返すぞ」 そういうと一人、肩を落として二階に戻っていく。 うーん、見るからに落胆してるなぁ。 そういえば何日か前、実家に帰る前の京が、こんなことを言っていた。 『クリス、最近元気がないね…… 一緒に歩いててもね、ときどき空を見上げては、ため息ついたりするんだよ』 さっきはTVのニュースを見てガッカリしていた。 なんだろう、飛行機で帰るから、当日の天気が心配なのだろうか。 ……いや、天気じゃない。 アイツがガッカリしてた理由は、だいたいわかった。 しょうがない、何とかしてやるか。 部屋に戻ってインターネットで調べてみよう。 まったく、最後まで世話の焼けるお嬢様だ…… }} #pre{{ 184 名前:さよなら、ニッポン・3[sage] 投稿日:2010/03/28(日) 22:21:10 ID:mMA06I4v0 翌朝。 「おはよう大和。今朝は早いのだな」 朝食前のランニングから戻ってきたクリスに、挨拶がてら声をかける。 「よう、クリス、おはよう。あー……今日、ヒマか?」 「ん?特に予定はないが……何故だ?」 「いや、いいとこ連れてってやろうかと思って」 ……何だか、デートに誘ってるみたいだな。 う、イカン、変に意識しちまったら照れ臭くなってきた。 だが、それは相手のクリスも同じようで、ちょっと顔を明らめている。 「なんだ、その、いいところって……い、いなり寿司食べ放題とかか?」 照れ隠しなのか、無理におどけたりしている。 「いや、いなりはないんだが……見せたいものがあるんだ」 「そうか……その……二人で、行くのか?」 「まあ、他の皆は川神にいないし、そうなるな。」 「まあ、せっかくのお誘いだ、受けてもいいが、別に、デートではないからな!?」 「はいはい……ホント、最後まで変わらねえな……」 }} #pre{{ 185 名前:さよなら、ニッポン・4[sage] 投稿日:2010/03/28(日) 22:24:12 ID:mMA06I4v0 朝食が終わると、さっそく出かけることに。 電車に乗って一時間ほどで目的の駅についた。 「ここは、多馬川の上流のほうだな」 「ああ、俺も来るのは初めてなんだけどな」 「なんだ、案内役も初めてでは不安だな。で、これからどうする?」 「ここからは歩きだ。えーと……こっちだな」 ポケット地図を片手に、昨晩調べておいた道を進んでいく。 次の角を曲がれば、見えてくるはずだ。 「よし、クリス、ここからは目をつぶるんだ」 「はあ!?目をつぶってどうするんだ!?」 「徐々に見えてくるより、目を開けたとたんに見えるほうが感動できるだろ? せっかくの忠告なんだから、目ぇつぶっとけ」 俺がそう言うと、仕方なさそうに目をつぶるが、すぐに不満をこぼす。 「待て、これでは前に進めないぞ……」 「それもそうだな。まあ、気合で何とかしろ」 「無茶言うな!……だが、その、手を握ってくれれば、ついていく……ぞ?」 恥ずかしい展開だが、やむをえない。 そっとクリスの手を取ると、ギュッと力強く握り返された。 }} #pre{{ 186 名前:さよなら、ニッポン・5[sage] 投稿日:2010/03/28(日) 22:27:13 ID:mMA06I4v0 そのままクリスの手をひいて、目的の場所にたどりつく。 目指すものはすぐに見つかった。 これは……俺も見るのは初めてだが 連れてきてやってよかったと心底思える。 ちらほらと他にも人の姿があるが、混雑というわけではないのもいい。 「なあ、もう目を開けてもいいか?」 意外に素直に俺の言うことをきいて クリスは目を閉じたままだったのだが、さすがにじれてきたらしい。 「もうちょっと待て。今ベストポジション探してるから」 後に建物が見えるほうがいいな。 するとこの場所で……こう、あちらを向いて…… 考えた場所にクリスを立たせ、各度を調整してやって準備完了。 「よーし、いいぞクリス。やや上の方を向いて目を開けるんだ」 「む……こうか?」 目を開けたクリスが息を飲む。 驚きに目を見開き、やがてその顔が歓喜の色を浮かべだす。 「大和……これ……」 「これが見たかったんだろ?」 「そう、そうなんだ!でも、間に合わないと思ってたのに……」 「それで一人で悩んでたんだな。いつも言ってるだろ?困ったら頼れって」 }} #pre{{ 187 名前:さよなら、ニッポン・6[sage] 投稿日:2010/03/28(日) 22:30:17 ID:mMA06I4v0 俺たちの目の前に広がる、薄桃色の柔らかなさざめき。 そよ風を受け、わずかに花びらを落とす桜は、今がまさに満開だった。 「ニュースの天気予報でやってる桜の開花情報ってのはな 一番数の多いソメイヨシノの情報なんだよ。 でもな、桜にも品種があって、早咲きだったり遅咲きだったりいろいろなのさ」 そう、ニュースを見てガッカリしていたわけではなかったのだ。 桜の開花情報を見て、帰国までに桜は間に合わないと そう思ってガッカリしていたのだ。 京が言っていた「空を見上げてため息」というのも 空ではなく、ところどころに生えている桜の木を見上げては まだ花は咲かないか、と落胆していたのだろう。 「ここの桜は小彼岸桜って品種でな、ソメイヨシノよりちょっと咲くのが早いんだ。 ま、俺も昨日調べてみるまでは、全然知らなかったんだけど」 「そうだったのか……見事だ……本当に、見事だ……」 そう言うと、クリスがこちらにクルッと振りかえる。 「ありがとう、大和。私は、生涯忘れない。今日のこの景色と……お前のことを」 「ああ、そう、よかったな」 振り向いたクリスの目が潤んでいるのに気づいて またなんとなく照れ臭くなって、つい、ぶっきらぼうに答えてしまう。 もう少し、互いに踏みこんでいたら、もっと違う結末もあったのだろうか。 不器用だった二人の、別れの宴を彩るように 桜の花びらがひらひらと風に舞っていた。 }} #pre{{ 188 名前:名無しさん@初回限定[sage] 投稿日:2010/03/28(日) 22:32:22 ID:mMA06I4v0 おしまい。 クリスがンデ期のまま帰国してしまうと、こんな感じかな、というところで。 「ところで、この桜はドイツに持って帰れないか?」 「できねーよ!」 「困ったら頼れと言ったではないか!」 「限度があるだろ!」 }}