***ヒート! ジョーカ-! #pre{{ 455 名前:名無しさん@初回限定[] 投稿日:2009/10/15(木) 14:20:49 ID:TsovAcbi0 もしも大和達が英雄を倒すのがもう少し長引いていたら、というIFで一つ投稿します。 }} #pre{{ 456 名前:ヒート! ジョーカ-![] 投稿日:2009/10/15(木) 14:23:02 ID:TsovAcbi0 『力を貸してください』 対馬家を訪ねてきた直江大和という少年はそう切り出した。 話を聞けば、姉貴分を学校公認の合戦で負かせたいのだと。 その為には、どうしても自分の力が必要だと判断したらしい。 姉貴分の名は川神百代。 会った事はまだないが、その存在は十分すぎるほど知っていた。 自分と同じ日本を代表する武道四天王の一人にして、川神院の総代最有力候補。 一説では、四天王最強という触れ込みも出回っている。 現に、橘天衣と九鬼揚羽が敗れたのは紛れもない事実だ。 竜鳴館以上に武闘派として名高い川神学院の学生達といえど手に余り過ぎる相手だろう。 話を全て聞き、しばらく考えてから承諾した。 歪み始めた後輩を叩き直すのは先輩の義務。 それに、絶対に姉を負かせてみせると語る直江の瞳は燃えていたから。 決意と志、そして情熱の炎で。 まるで、あの時のレオのように。 だからこそ、信頼に値すると思った。 力になりたいと思った。 だが、それが――――。 (これほどの激戦になるとはな!) 百代の猛攻により、目前で九鬼揚羽と新たな四天王を襲名した黛由紀江の二人は次々と脱落していった。 残されたのは、自分一人だけ。 ならば、全身全霊で立ち向かうだけだ。 「さて、最後の一人だな! メインディッシュだ!」 }} #pre{{ 457 名前:ヒート! ジョーカ-!②[] 投稿日:2009/10/15(木) 14:25:36 ID:TsovAcbi0 百代が超スピードで突進してくる。 乙女は真与を軽く突き放し、安全圏に退避させてから迎え撃った。 拳と拳がぶつかりあい、大気が震動する。 まともに衝撃で押し切られる前に、乙女は自身の勢いを蹴りに転化させた。 「制裁――――」 「――――されるつもりはない!!」 死角からの蹴りを見もせずに腕で受け止め、正拳突きで繰り出す。 それを乙女は受け流すと同時に反転させ、百代の背に回り込んで腕や足を完全にロックする。 全身の動きを封じる鉄流の関節技。 倒す事が不可能なら動きを完全に止めればいい、という発想だった。 少なくても、直江大和達が相手の大将を討ち取るまで。 「自爆技を使われようと、何度でも耐え抜いてみせる!」 「アジだなぁ、乙女さん!」 「戦いが終わるまで、私と我慢比べをして貰うぞ!」 「生憎、それほど気長じゃないんだよ。うおおああああああああおおおおおおっ!!」 百代が吼えた。 強引に、極めて無茶苦茶に振りほどこうとする。 全身から骨が軋んで関節筋が千切れる音が聞こえ始めた。 人間としての活動限界を容易く超える動作だった。 嫌な音が鳴り響いたのも束の間、無理矢理振りほどいた腕で百代はそのまま殴ってくる。 その打撃に、もう自らの体を砕いた形跡は見受けられない。 (やはり瞬時に回復するか!) 咄嗟に腕を交差させ、衝撃吸収に最も適した防御をする。 しかし、拳が生み出した振動波にガードを貫通された乙女の体はあっけなく吹っ飛ばされた。 }} #pre{{ 458 名前:ヒート! ジョーカ-!③[] 投稿日:2009/10/15(木) 15:01:44 ID:TsovAcbi0 「ぐあああああああああああっ!!」 河原を何度も横転し、ようやく乙女の体は停止する。 彼女の体が転がった跡は、砂利が抉れ茶黒い土が剥き出しになっていた。 「どうした? もう反撃して来ないのか? それでは晩節が汚れるぞ? 鉄乙女ぇぇぇっ」 立ち上がろうとした瞬間、接近した百代に容赦なく蹴り飛ばされた。 またしても乙女は宙を舞い、今度は距離を置いた筈の真与の手前まで転がる形になる。 真与に激突しなかったのは乙女の執念だった。 「だ、大丈夫ですか!?」 「……心配するな…お前は私が守り抜く」 しかし、明白な事実は認めざるをえない。 川神百代は『力』では自分達を遙かに凌駕している。 噂に違わず、四天王最強だ。 (だが、それでも……) たとえ、力で劣ろうと。 その差が明白であろうと。 (魂だけは、負けていない!!) 裂帛の気合いを込めて、再び立ち上がる。 ぐらつく足に力を込める都度、ある記憶が甦った。 459 名前:ヒート! ジョーカ-!④[] 投稿日:2009/10/15(木) 15:06:26 ID:TsovAcbi0 「おいおいおいおい、これヤバいんじゃねーか!?」 対馬家の居間。 ポップコーンをあちこちに食い散らかしながら蟹沢きぬが声を上げた。 雪広アナウンサーによって実況中継される川神大戦。 橘館長以外に負ける所など想像すらできなかった風紀委員が一方的に蹂躙されている。 鉄乙女を知る者にとって、これほどショッキングな映像があろうだろうか。 「あわわわ…乙女さんがズタボロだなんて……あんな恐ろしい女がこの世に存在したのか… アレに比べりゃ俺のねーちゃんなんてフカみてぇなもんだぜ……嗚呼、でも結局どっちも同じくらい怖ぇーっ」 「バーカ、俺達が信じないでどうするんだよ?」 わななく鮫氷新一に伊達スバルが落ち着いて言う。 もっとも、その視線はこの場の誰よりも画面に釘付けになっている対馬レオに注がれていた。 「…大丈夫だろ、レオ。乙女さんなら、きっと何とかする。そうだろう?」 「いや、俺は信じちゃいない」 「ボウズ?」 レオは今朝を思い出す。 『じきに大学も卒業。教師になる以上、この戦いが最後の死合いになるかもしれない。だからこそ、必ず勝って帰ってくるぞ』 そう笑って勇ましく出陣していった、最愛の人。 彼女がそう断言した以上、きっとそうなるに違いない。 「疑わないだけだ。俺の恋人(あね)は無敵なんだから」 }} #pre{{ 460 名前:ヒート! ジョーカ-!⑤[] 投稿日:2009/10/15(木) 15:11:11 ID:TsovAcbi0 数年前の体育武道祭。 自分よりも力量が上の相手に果敢に立ち向かった最愛の恋人(おとうと)。 満身創痍になって何度倒れても決して心は折らず、そして最後の最後に勝利を成し遂げた。 あの日の瞬間は、今でも脳裏に焼きついている。 自分が彼を愛し始めた頃の、煌めく思い出なのだから。 そして今、自分があの時の弟とほぼ同じ状況に立たされている。 (今度は…私の番だな) 弟は立派に戦い抜いた。 ならば、姉が倒れる訳にはいかない。 倒れる事は許されない。何よりも自分が許しはしない。 (まだ勝機はある!) 技の修練を積んできた自信と幾多の戦いをくぐり抜けてきた経験が、乙女にこの状況を打ち破る策を閃かせた。 たった一つだけある。 川神百代という驚異の存在を戦闘不能にする手段が、思いつく限りたった一つだけ。 九鬼揚羽と黛由紀江――――彼女達のおかげで。 いや、彼女達だけじゃない。 何よりも、自分を奮い立たせてくれるレオのおかげで。 「甘粕…というらしいな。お前に弟はいるか?」 「は、はい。います」 「そうか」 優しく微笑んで、そっと頭を撫でる。 「大事にしてやれ」 きっと、とてつもない力を与えてくれるから――――。 }} #pre{{ 461 名前:ヒート! ジョーカ-!⑥[] 投稿日:2009/10/15(木) 15:16:53 ID:TsovAcbi0 「行くぞ、川神百代!!」 (護衛対象から離れて、向かってくる?) この状況で大将をノーガードにするのは相当に分の悪い賭けだった。 今のところ気配は感じられないが、もしも交戦中に他の敵兵が攻めてきたら打つ手がない。 しかし、このまま護衛重視の戦い方をしていても絶望的な結末しか待ち受けていない。 この決死の判断でさえ、百代にとっては涎が出るような展開だったが。 「完全決着を望むか? いいだろう! 大将はデザートだ! 貴方を完膚無きまでに叩きのめしてから、美味しく頂く!!」 「はああああっ!!」 拳の一斉掃射の弾幕に乙女は真っ向から飛び込んだ。 被弾しながら、何故か乙女は少し笑っていた。 (本当にお前の時と同じだな、レオ!) レベルはまるで別次元だが、百代の連続攻撃が村田のガトリングガンと重なる。 懐かしい奇妙な感覚が胸を駆け抜け、不思議と笑みが滲み出る事を堪えきれなかった。 「蛮勇か。もっとも、そういうのは嫌いじゃない!! 餌食になるからな! かーわーかーみー波ーっ!!」 弾幕を突破した瞬間、強烈な閃光が乙女を捉えた。 「ぐ……おおおっ」 じりじりと押されながらも、ひるまず止まらず猛然と駆ける。 川神波の閃光でさえ、接近する為の布石として利用した。 放出が終わった百代の目に、突如乙女の姿が飛び込んでくる。 間髪入れず、強靱な腰を回転させ力を注がれた攻撃が放たれた。 「きりもみ乙女パンチ!!」 }} #pre{{ 463 名前:ヒート! ジョーカ-!⑦[] 投稿日:2009/10/15(木) 15:24:12 ID:TsovAcbi0 大地に放てば螺旋状のクレーターが誕生するほどの衝撃が百代の顎を射貫く。 並の人間なら、確実に首から上がねじ切られていただろう。 だが、百代相手ではせいぜい意識を刈り取る程度でしかない。 加えて、意識が完全にブラックアウトする寸前に念じてさえおけば瞬間回復によって意識もダメージも即座に回復する。 それ故か、昏倒しながらも百代は笑っていた。 (たかが一瞬だ……) (一瞬で十分だ!!) 「うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」 百代の動きが完全に停止した一瞬の隙をついて、気をまとった乙女が体ごと突進する。 二人の体は組み合いながら、再び天空へ上昇していった。 その最中、復活した百代の腕が乙女を力強く掴む。 「かかったな、鉄乙女!!」 互いに回避不可能な至近距離。 「終わりだ! 吹っ飛べ!! 川神流・人間爆弾っ!!」 一瞬の静寂の後、一筋の光が横一線に迸る。 直後、爆炎と爆音が同時に産声をあげ、青空を黄金色に照らした。 黒煙がたなびき粉塵が舞い散る中、百代は確かに乙女の体が自分から離れるのを感じていた。 (勝った!) 早く煙が晴れて乙女が落下する様を見届けたい。 はやる心のせいか、時の流れが止まったように感じられ、笑う事さえもどかしかった。 だが――――煙の隙間から自分を見つめている瞳に気づき、その心境は変化した。 (何故まだそこにいるっ!?) }} #pre{{ 465 名前:ヒート! ジョーカ-!⑧[] 投稿日:2009/10/15(木) 15:29:57 ID:TsovAcbi0 全てがスローモーションになっている二人だけの世界。 拳一つ分の間隔が開いた至近距離で、乙女が構えている。 全身に夥しいダメージを負いながら、彼女の眼差しから闘志は消えていなかった。 むしろ、より一層烈しく燃えたぎっていた――――。 (耐えきっただと!? 何故だ!?) (気合いだああああああああっ!!) 前言通りに乙女が人間爆弾を耐え切れたのは、持ち前の根性の賜物である。 しかし、それ以上に揚羽へ使用していた事を見ていたのが大きい。 威力、そして自ら負ったダメージから回復する所要時間も全て乙女は見ていた。 同じ技は二度と通じない、とまではいかないが後のない最後の賭けに出るにはこれで十分過ぎる。 (見切るのが得意なのは、お前だけじゃない!) (だが、どんな攻撃を受けようと所詮は一瞬のみよ!) それさえ耐えきれば――――勝ちだ。 百代はそう確信していた。 確かに、それは事実に違いなかっただろう。 乙女の攻撃次第では。 (!?) 百代は思わず目を見開く。 未だ黒煙にその身の大半を包まれている乙女の拳が宿しているのは極寒の冷気。 まさしく――――川神流・雪達磨。 }} #pre{{ 467 名前:ヒート! ジョーカ-!⑨[] 投稿日:2009/10/15(木) 15:33:52 ID:TsovAcbi0 (無断コピー…著作権違反だ!) (はああああああああああああっ!!) 残された全ての力を結集させた渾身の一撃が百代を打ち貫いた。 常人の目には映らないほどのスピードで、百代は川へ落下していく。 拳を叩きつけた反動を利用して、乙女は後方へ跳躍した。 (治れ! 早く!! まだか!?) 百代にとって、瞬間回復の速度が遅いと思ったのはこれが人生で初めてだった。 これは刹那の攻防。 百代の傷ついた体も失われた力も、細胞が未だ回復を開始してはいない。 その状態で、動く事もままならず百代は水に叩きつけられた。 同時に、轟音と共に巨大な水柱が水面から迫り上がる 百代を飲み込んだまま、水柱は瞬時に凍結した。 (これが……狙いか!?) 百代とて、あらゆる攻撃を受けても無傷で済んでいるのではない。 突き詰めれば、あくまで負ったダメージと疲労が回復するスピードが神速的なだけだ。 では、仮にダメージを回復するよりも前に、完全に『時』を止める事ができたならどうか。 回復しきれていない状態で、氷漬けにする事ができたならどうか。 (これで終わったと思うなよ、いずれ第二第三の……) 時間さえも凍りついたかのような氷柱の中。 悪の大王めいた台詞を思いながら、百代の意識は急速に薄れていった。 }} #pre{{ 469 名前:ヒート! ジョーカ-!⑩[] 投稿日:2009/10/15(木) 15:39:20 ID:TsovAcbi0 人間爆弾を使わせて自分も大ダメージを負った百代を、雪達磨で川ごと凍らせる。 それが川神百代を封じ込めるべく乙女が思いついた、口にする容易さと難解さが壮大に反比例する策だった。 一か八かの傾向が非常に強かったが、勝算がなかった訳でもない。 そうするように仕向けていた事もあるが、百代ほどの強者ならあの状況下で人間爆弾を使う事も経験によって読んでいた。 見よう見まねを決着の切り札として使う気になれたのは、ひとえに人生で技の修練を積み重ねてきた事への自信。 それらの土台である乙女の精神力が物を言う形となった。 しかし、もちろん彼女一人で獲得した勝利ではない。 揚羽への人間爆弾。 由紀江への雪達磨。 彼女達ほどの実力者がいなくては百代があれらの技を使ったとは言い切れず、違った結末が待っていた筈だ。 そうした意味で、最大の功労者はあの二人だった。 「先輩、大丈夫なのでしょうか?」 ずっと静観していた真与がとことこと寄ってくる。 「これしきで命を落とすようなら、武道四天王の一角は担っていないさ」 通常の百代なら内側から氷を破壊して難なく脱出できるだろう。 しかし、今の状態ならどうか。 自らが爆弾と化す自爆技を使う上での代償として当然な傷が癒えぬまま、氷の中で身動きできず封印されているのだ。 脱出するとしても、かなりの時間を要する事は確実だった。 「そのまましばらく休んでいて貰うぞ。力と瞬間回復に頼り切るとこうなる……慢心が過ぎたのが敗因だな。精神も鍛錬しておけ」 先輩としての忠告。 そして、持論。 「最後に頼れるのは能力じゃない。気合いだ」 }} #pre{{ 470 名前:ヒート! ジョーカ-!⑪[] 投稿日:2009/10/15(木) 15:45:02 ID:TsovAcbi0 百代が眠っている氷柱を見つめた後、乙女は真与へと踵を返す。 途端に、体のバランスが崩れた。 「わわっ!」 真与が慌てて支えようとする。 それを、乙女は制止した。 「いや、いい。倒れたりはしないさ」 ゆっくりと――――しかし、しっかりと大地に足を踏みしめる。 朗らかな笑顔で、遠くにいる最愛の恋人(おとうと)に言い聞かせるように。 「私は……乙女だからな」 帰ったら、胸を張って伝えよう。 『勝ったぞ』と。 そして抱きしめてやろう。 お前がいてくれたから、勝てたのだと――――。 そして、まもなく。 F軍の勝利を告げる花火が天空に咲いた。 }} #pre{{ 471 名前:名無しさん@初回限定[] 投稿日:2009/10/15(木) 16:01:47 ID:TsovAcbi0 おしまいです。 規制を喰らってしまった時には焦ったぁ…。 乙女さんならきっとあのまま戦っても何とかしたに違いない、と確信する同志達へ特に捧ぐ。 タイトルはWからの引用&「熱血する切り札(乙女さん)」という意味合いですが、題名とは裏腹に決め手は『氷』だったり(笑) }}